■ 試薬が欲しい 2
征士が仕事を終え帰宅すると、珍しく夕食の支度がしてあって。
「征士、頼みがあんだけど」
食事が終わってソファでくつろいでいると、当麻がその真横にくっつく様に座ってきた。
まるで、擦りよってくる猫のようだ。
「なんだ?きけるものなら」
そんな事だろうと征士が顔を向け。
「もう、八方ふさがりで、誰もいなくて。征士だけが頼みの綱なんだよ」
「だから、何がだ?」
遠まわしに言う時の当麻は、とんでもない何かがある・・・それは長い付き合いで分かっている。
――― 今回の無理難題はなんであろう?
かぐや姫を見るような眼で、愛する人を見てしまう征士である。
「実は、新しい細胞免疫実験の試薬が欲しいんだ」
「私では無理ではないのか?全くの専門外…」
話の見えない征士は、できる事なら力になってやりたがったのだが…と、真面目に無力を伝える。
「いやいや、話すとややこしいんだけど・・・」
実は。と当麻が説明を始めた。
付き合いのある研究所に、開発のスペシャリストがいる。
まだ、特許申請中の試薬ではあるが、ある条件で分けてもらえる事になっている。
その条件は、開発者の女性が、素敵な男性と食事をするのが大好きで。
見栄えのいい男性を紹介して、お眼鏡にかなったら快く試薬を譲ってくれる――という。
台詞を反芻し、咀嚼しているだろう間、静かな時間が一時流れ。
だが、顔を見ていると、みるみると血の気が急降下していった。
そして。
「飯と一緒に、その女も食べて来いと云うのか!!」
吐き捨てる言葉と一緒に、征士が勢いよく立ちあがる。
怒髪天とはこの事か!と思うように、金糸の髪が逆立っていように見えた。
――― そりゃ、恋人に、浮気して来いって言われてるとも採れる内容だよなぁ。
「ちがうって。早まるなって。接待みたいなもんだって」
急に支えがなくなってころがってしまった身体を起こしながら、説明を試みる。
「!!!」
怒りのあまり次の声が出ない征士に、当麻は『今言わんでいつ言うかっ』とばかりに、言い訳を並べた。
「その女史の趣味は、いい男鑑賞!
鑑賞だって。
いい男を目の前にして美味しくご飯を食べるだけ。
お前自身は食わなくていいし、食われなくていい」
ソファに正座して、両手で征士を拝み、頭を下げる。
芝居がかったパフォーマンスと、甘えるような声で。
「もう、お前しかいないの。征士だけが頼りなんだ!お願い!」
沈黙が流れ。
動かない当麻。
数十秒も経過しただろうか。
それを見続けていた征士が、仕方ない・・・というため息を漏らし。
表情が、諦める方向へ微細に緩む。
――― 惚れた弱みとはこのことか。
『征士だけが頼り』と哀願されては、怒りのテンションも下がるというものだ。
「本当に、食事をするだけだな」
「もちろん」
その瞬間を逃さずに、当麻はソファの上に立ちあがり、征士を頭から抱きしめる。
征士より背が高くなった当麻は、征士の額に「ちゅっ」と音をたててキスをする。
「俺が、征士に浮気を勧めるはずないだろ」
「・・・当麻はずるい・・・」
当麻のいいように使われてしまう自分。
見上げた蒼い瞳は笑っており。『やったね』と嬉しそうだ。
それを見てしまえば、もう出来ない、しないとは、口には出せない。
だから。
「先払いで、ご褒美をいただくとしようか?」
「言うと思った」
そこまで予測済みの当麻にはやっぱり勝てないのだ、と苦笑するしかない征士に。
最初のご褒美として、雨粒の様に優しいキスがたくさん降り注いだ。
当麻の我が儘には逆らえない征たん。。。
2011.11.24 UP
by kazemiya kaori