■ 試薬が欲しい 1
当麻の勤める研究所のとある一室で。
生物工学分野におけるトップレベルを自称する研究者たちの絶望の呻き。
「…だめだった」
「また、かよ」
「もう、いねぇもんなぁ」
「全員手持ちの駒は尽きた…」
「迫研の太田女史は面食いだからよぉ」
「あ、羽柴!!」
諦めのため息の渦巻く扉を、軽々と開けて入ってきたちょっといい男。
「羽柴はどうかな?」
「自分のために一回、いってるだろ」
「・・・そうか、だめか」
『だめ』といわれてイヤな顔をする。
だが、研究の分野において、自分が『だめ』と言われる事なんて、先ずないのだ。
――― と、なると…?
部屋の中央で固まっている白衣の集団に近寄って、好奇心で声を掛ける。
「何の話よ?」
その中の一人が、青いたれ目を確認しながら言い切る。
「いい男探し」
「いい男って、・・・あぁ太田女史か」
当麻は数少ない言葉で、答えを正確に導き出す。
その脳裏には、2,3度しかあった事はないが女性の姿がぼんやりと、プロフィールとともに浮かんでいた。
細胞免疫系統の解析試薬の研究一筋20年。
特許取得は数知れず、アラフォーのちょっといい女で、迫山研究所のエース:太田女史。
趣味:いい男鑑賞。本人いわく「趣味6割、実益4割」。
「なんか、また新しい試薬できたの?」
「そうなんだよ!まだ特許申請中のできたて、ホヤホヤ。また、出ししぶられてんだよ」
「で、例の・・・」
「そう!『いい男を紹介したら、分けてあげる』。もう、俺たちのご紹介カードはなくなった」
「相変わらずだねぇ」
「そんな他人事みたいに!それ手に入ったら、羽柴のお遊びも幅が広がるぜ。協力しろよ!」
本来は、2ブロック先の研究室に所属している当麻だが、暇になると興味のある研究室に勝手に入り込み、研究に参加したり、アイデア出したり・・・知的好奇心の赴くままに、気ままに、渡り歩いている。
この研究室もそのうちの一つ。
本人にしてみれば、広い視野・角度で考えられれば、自分の研究に幅が出るとか、応用がきくとからしいが。
やはり、通常の脳とは許容量が違うのか、そんな事をしているのは、ここでは当麻一人だ。
そして、当麻にとって細胞免疫学は、もちろんとっても興味がある分野。
今回の試薬の優れた点・可能な実験を詳しくきいた後、「やってみて〜」と大いに思ってしまっていた。
だから。
「・・・ひとり、いるなぁ。いい男」
ぽつりとつぶやきが漏れた。
金髪で紫の瞳の美丈夫が浮かぶ。
もちろん顔だけでなくプロポーションも抜群で、たち振る舞いも美しく、見る人すべての願望を裏切らない男。
100人いたら100人が振り向くような、忘れられない印象を残す、完璧ないい男。
十年以上前からの友人であり、且つ恋人―――伊達征士。
「いるのか?!じゃぁ、ぜひ」
「あぁ、ダメもとでいいからさぁ。セッティングしろよ」
「太田女史、会議室にまだいるぜ?」
つい、好奇心に負けて日を決めてしまった。
あの性格の征士に了をとるのは、内容から言って、相当骨は折れるだろう。
でも、征士が自分に甘いのも当麻を良く知っているし、言いくるめられてくれる事も分かっているのだ。
・・・そして、絶対、他人になびかない事も。
――― だから、まぁ、いいか。
とは、思いながらも。
――― きっと、説得して、なだめるまで、知力っていうか、体力使いそ〜
想像しただけで痛みを感じ、庇うように手を腰に充ててしまっていた。
そんな話です(笑)
2011.11.21 UP
by kazemiya kaori