■ Combat open 2 
 






思い出したきっかけは、風が気持ち良くなってきたゴールデンウィーク最後の日。
前半は近場で過ごし、後半の三連休は温泉に泊まりに行っていた。その帰り。
征士の運転する車の中での、些細な言葉が引っ掛かった。


「もう、GWも終わりだ。明日っから仕事か…」

「遊んだ分は、きちんと働かなくては」

「次は七月まで連休ないじゃん。征士の誕生日に有給でってどう?」

「来月だぞ。そんなにあの温泉が気に入ったか?」

「あぁ、すんげぇ良かったよ。料理もお湯も宿もさ。でも、お前のプレゼントにならないか。」

「当麻が良ければ、別にかまわないいい。私はちょっと話をしたい事があるぐらいだから、どこでも」

「いやいや、だって三十路の祝いだぜ?征士の行きたい所にしよう」

「旅行というのは決まりだな」


そんなような、笑いながらの、恋人同士の会話。いつもの会話。
なのに。


――― いよいよ、三十路か


もともと落ち着いたじじむさいヤツだと思っていたが。
出会った頃よりも、更に落ち着き風格を身につけてきている征士―――美しさは、変わらずに。


その男が自分に夢中であるというのは、よく認識しているので。
いつ考えても、嬉しくなってしまうのだ。


なのに。
今日に限って。
頭の奥で、何か嫌な予感を感じさせるような黒い霧が薄く広がって。
いつも感じる幸福感に、影を差す。


―――― ミソジ。 サンジュッサイ。セイジ ガ サンジュッサイ ニ ナル







***********************************







「当麻、起きたのか?どうした?」


寝室のドアを開けた征士が、ベッドから落ちてうずくまっている当麻を発見して。
やや驚いたように、近寄る。


「だ、大丈夫。あぁぁぁ、えっと、ゆ、夢見が悪くて、落ちただけだから」


「ならばいいが」と立ちあがらせるために差しだされる手を掴んだ時。
当麻は、ピリッと痺れた感じがした。
封を解かれた記憶が溢れ、これからの事を容易に想像する事ができるようになったから。


――― 今まで当然のように与えられていたこの手は………なくなる


気づかれないように「さんくす」と言いながら、立ちあがり。
「遅くなるから、先に出ろよ」と既に支度の終わっている征士に声をかけた。


早く独りになりたかった。
外からはけっして見えないが、内側では感情と思考の嵐が吹き荒び。
現実の人間:征士の相手ができる余裕が、なかった。


「そうする。当麻も遅刻するなよ」との言葉にほっとしながらも。
行ってきますのキスが来るだろう事がわかっていたので、―――『逃げないように』と意識するのでいっぱいいっぱいだった。
掠めるように触れた瞬間、やはり、ドクンッと心音が不快に跳ねて。
当然と感じていたモノが、大切なモノが、無くなることへの不安を煽った。


辛うじて、笑顔で。「いってらっしゃい」と送り出し。
「行ってくる」と征士がドアの向こうに消えると。
その寝室のドアに凭れて、深々と息を吐き出した。




そして。重苦しい夢の残滓を何処かで引きずりながらに。
電話の内容を思い返す。


当麻が、密かに、一番気にしていていた問題で。
避けて通れないだろう事だった。
征士がどう思っているか。考えているのか。
知りたくて仕方なかったのだ。
だから、あの時動かず、電話を切る事をしなかった。
そして得た答えは「今は応えられません」だった。


―――― 『今』は、だ。


時が来たら、きっと征士は帰る。
そして、それが常識を尊ぶ頭の固い彼と、面々と続く系譜を繋ぐ家に相応しいとも思えるし。
何より、祖父さんとの約束だ。


時が来たのだ。
それが三十歳になる時、つまり『今』なのだ。


――― 約束を違えない所とか。キッチリした所、いいなぁと感じるんだ


当麻は、その長所が自分の予測に、希望の幅を持たせてくれない事を恨めしく思いながらも。
今までの事を思い出せば、恩恵の方が・・・多かったと感じるのだ。


時には、うるさい!とケンカにもなったけど。

朝起きて、朝食を。帰ってきてからの夕食。
別々に、時々には一緒に風呂。そして就寝。
しっかりとしたリズムを作り出し、それが日々の安定をくれた。
征士といるまで、日常生活はもちろん、身も心も不安定でふらふらしていた。
それを支える術を当麻に与えてくれた。


それでいて、当麻は、案外自由を感じていたのだ。


――― 征士は、俺が窮屈にならない程度が分かっている。


だから。居心地の良い俺の帰る場所は、征士のいる場所、だった。


――― それら全てを。手離すのか。


考えれば、考えるほど、泣きそうになる。
だが。泣いたとしても事実は変わらないことを、冷静な理性は知っているから――――。


当麻は、一旦、思考を無理矢理に止めて。
「遅刻」しないように、研究所に向う準備をした。





 


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でも、遅刻だから。当麻。

2012.05.16 UP
 by kazemiya kaori