■ Combat open 1
「当麻、すまない」
そう言って、征士が抱きしめてくる。
「許して欲しい。お前の傍にいられなくなる事を」
征士の震えが、布越しに伝わって。
触れている場所全てから、悲しみの波動が送られてくる。
――― わかってるさ、お前より。
征士が、すげぇ俺の事好きで、愛してて、離してくれなくて。
どんなに想っていてくれているか。
・・・・・・または、想っていたか、判っている。
「許すも何もない。お前が選んだことだろう」
精一杯。強がって。淡々と―――用意していた言葉を。
機械的に当麻が口から吐き出すと。
「ありがとう」
言葉少なに告げられて、征士が腕を解く。
今まで触れて感じてい暖かさが消えて。
別々の個体になる。
後は、振り向かずに去る歩みが始まって。
征士が当麻から離れて歩き出すと、周囲の光も彼について行ったようで。
当麻の周りは徐々に薄暗くなっていく。
徐々に征士の光が見えなくなり、完全に真っ暗闇となる。
ひとりその場に残され――――これから進む道も見えない。
呆然と立ち尽くしか術(すべ)がない。
覚悟していた事なのに―――何もできない。
急に足場が崩れ始め、立つこともままならない。
そして、さらなる闇へ、上も下も分からない空間へ落ちていく。
ドサッ――――――――。
「!」
ベットから落ちた衝撃で、文字通りの悪夢から目を覚ます。
当麻にしては珍しく、すぐさま上体を起こした。
が、そのままの姿勢で動けなくなる。
――― まだ、心臓が痛い。
夢なのに、痛みは本物か。
その場で、心臓を抑えたまま、絞めあげられるような痛みが去るのを待ちながら。
原因を思う―――封印が解けたのだ。
夢が、現実となる時が近づいた。
あまりに、イヤで。別れるのがイヤで。考えるのもイヤで。
当麻は、記憶を封印していた―――キーワードは、『征士が30歳になる』。
5、6年前だった……・と思う。
正確に記憶していないのは、ワザと、だ。
当麻の場合、曖昧な記憶などあり得ないのだから。
それほどに、記憶に残したくない記憶だった。
日曜の夕刻に電話が鳴り。
たまたま、自分のパソコンの近くに置きっぱなしだった子機で出ると。
「はい」と征士の声が聞こえた。
たぶん、リビングの親機の方で取ったのだろう。
「征士か。私だ」
重々しい声は、即座に伊達翁だと分かったので子機を切ろうとした時。
「征士、弥生が婿をとるといっているぞ。どういう事だ」
ゆっくりと重く厳しい響きと、その内容に動きが止まった。
「理由がな、お前が帰らないかもしれないからと」
「・・・」
切らなくてはと思っているのに、指先が冷たくなって動かなかった。
「そんなことは、ないであろうな」
不自然な程に優しい声色は、逆に有無を言わせない迫力がある。
「今は応えられません」
感情を押し殺したような征士の無機質な声。
「弥生が引かないので婿の件は了承したが、それとは別問題だ。わかっておるな。」
もう、征士の返事は、音としては聞こえなかった。
ただ、静かに伊達翁の声を聞いているのは―――「是」という意味だろうと思う。
「30歳まで猶予をやる。それまでに、そっちで成したいと思う事をきっちりと終わらせから帰れ」
一方的な言葉で電話が切れ。
しばらくしてから、当麻は、無意識にとめていた息を吐き出した。
―――― ・・・あと、数年か・・・。
征士と一緒にいられる時間は、30歳になるまで。
その時に、当麻が選んだのは―――問題の先送り。
しばらく、忘れよう。
どうせ、いずれは訪れる時間だ。
それまで。せめて、楽しく過ごせるように。
残された数年間を、悲しみや苦しみで、埋めないで済むように。
だから。
暗い影を落とす、事実を忘れる為に。
完全に忘れる為に、当麻はキーワードを決めて『封印』したのだった。
どれぐらい続くかわからんですが、たぶん5,6回ぐらい(笑)
私、記憶とか感情を操ろうとして、失敗するほどに想うってネタが大好きなんですよ。
そんな話になればいいなぁvv
2012.05.12 UP
by kazemiya kaori