■ 青い眼の愛しい人 3 ・・・ 記憶がなくとも、抱きしめる
当麻の言っていた言葉は、本当のようだ。
感覚や身体は覚えているらしい。
目が覚めると、隣に寝ている人物:男性:当麻を背後から抱きしめていた。
無意識とはいえ自分の行動に驚いて、スッキリと目が覚めてしまった。
当麻の身体から腕を抜き、起き上がる。
起こしてしまったのではないかと目を向けるが、すやすやと寝ている。
一向に目を覚ます気配はない。
昨日教えてもらったクローゼットで着替えてから、コーヒーでも飲もうかとリビングに空きを向けた。
豆をひいて、コーヒーを入れる。
なんとなく手順やら場所やらがわかり、意外とすんなりと入れられる。
確かに、覚えている。
次は、カップを・・・と思っていると、自然に二つ、手にしていた。
頭と身体を切り離すようにしていると、記憶のない家でも案外過ごせるのかもしれない。
今までの生活習慣は、反射のように出てくる。
つまりは、身体にその行動が染み込むほどの時間が存在していたのだとわかる。
昨日「私」は旧家の跡取りであるにもかかわらず、男と同棲生活をしている事が、自分の事としても他人事のように捉えても、非常に衝撃的だった。
だが、考えてみれば、それほどまでにしても当麻といる事を「私」は選んだという事だ。
しかも、かなりの長い年月。
真面目な「私」が、常識やら世間に背いても、共にいる事を選んだ相手。
自然と抱きしめて眠ってしまうぐらいに、想う相手。
彼は、不思議な人間だと思う。
私を気づかって何も言わないが、恋人の記憶がなくなったとしたら、かなりショックなはずだ。
他の誰かは忘れても、自分だけは忘れて欲しくない・・・そんなものではないだろうか。
かと言って、忘れられても平気というほどに冷めた関係でもなかっただろう。
病院で初めて見た時の表情が、忘れられない程、真剣な心配顔だったから・・・。
それなのに、記憶がなくなった恋人を前にして、楽しめてしまう彼―――当麻。
記憶を取り戻すと信じているのか、記憶がなくても離れる事はないと信じているのか。
飄々とした中に、しっかりとした信頼?愛情?を感じるのだ。
それを、私はなぜか喜ばしいものと捉えている。
昨夜のキスも、驚きはしたが気持ち悪くはなかった。
むしろ嬉しいと感じ、今の私には不可解であったが…きっと「私」の感覚なのだろう。
「私」はどのように彼を感じ、どのように彼を愛していたのであろうか?
私は「私」自身に興味を覚える。
なくした記憶を取り戻したい。
困惑から脱却するためではなく、自分の想いを知るために。
思考をめぐらせながら、コーヒーに砂糖を入れる。
習慣という反射で動く私の手は、一方のカップに信じられない程の量の砂糖を入れていた。
*****
コーヒーの香りで眼が覚めた。
昨夜はちょっとセンチメンタルだったけど、目覚めたら気分がよかった。
征士が、抱きしめていてくれたような感じがあったから。
今の征士がそんなことするわけないけど。
リビングに行くと、征士がコーヒーを入れてくれてた。
甘みがドンピシャだったので「記憶が戻ったのか?」と聞くと、「まだだ」と笑って答えがかえってきた。
・・・まだか。
「俺は仕事に行くから、あんまり出歩くなるなよ」
「保護者のようだな」
「今は保護者だろ。言っとくけどな、自覚がないのに、その容姿で外うろついてみろ、トラブルがむこうからやってくるからな」
女やら、芸能事務所やら、訳わかんない人物からでも声をかけられる・・・普段の征士でも結構なもんなのに、鉄面皮の保護意識がない征士なら、想像するもの疲れるわ!
「・・・家にいるようにする。保護者殿」
昨日のお眼々きらきら攻撃に、辟易したのを思い出したのか素直な言葉が帰ってきた。
「そうしてくれ」
パンをかじって、研究所に向かう。
もちろん、いってらっしゃいのキスは無し。
征士が記憶を取り戻してくれないと、食生活が荒れそうだ(涙)。
*****
当麻が出かけて暇な私は、とりあえず…掃除でもするか。
なぜか身体が自然な感じで動くのだが、どんな生活をしてたのだろうか?
掃除を終え、簡単な昼食をあるもので済ませると、やる事がなくなって暇になった。
そうなると考えるのは、戻らない記憶の事ではなくて、当麻の事だ。
きっと、彼との事が、記憶が戻るカギになるに違いない…。
男同士と考えると驚きはしたもの、一緒にいるのが自然な関係と感じられてくるから不思議だ。
朝の少しの時間だけでも、なんというか・・・言葉にできない空気が流れる。
柔らかく、ちょっと優しい時間。
きっと、「私」もそれを気にいって、楽しんでいたのだろう。
実際、当麻との会話は楽しい。何か新しい事を見つけるような開目感がある。
記憶がないのだから、何事も新しい事であるのには違いないのだが・・・立体物を逆の角度から説明を受けているような物事の捉え方が、とても好奇心を刺激される。
同居といえば何の問題もないのに敢えて同棲と告げた事や、私との関係が深まった事などはゲームのように教えてはくれない。仲間たちを出会った時の話―鎧が云々―も
、彼なりのアレンジなのだろう、それほど特殊な出会いであったと。
頭の回転も早く飽きさせない会話、聡明な瞳、飄々とした雰囲気、良く変わる表情・・・絶妙のバランスで、私の中の何かを惹きつける。
このままでも、きっと、もう一度当麻に恋をしてしまうに違いない―――。
夕方には嬉しくない訪問者がきた。猫を連れた飼い主だ。
玄関先で、飼い主の手の中で安心する猫をみせてもらったが、何にも思い出さない。
確かに、青い眼の猫だったが…。
女性のある種の媚び?が、とても苦手なようだ。
なので、さっさとお帰りいただいた。
入れ違いで当麻が帰って来る。
「また、来んのか?」とイヤそうな声を出した。
やきもちかなと思うと、なぜか嬉しくなってしまう。
「私には、大事な青い大きなのがいるから結構だ、と断っておいた。」
昨日、当麻を見ているから察しているだろう。
「なんだそれ」
「病室で伸が私に言っていたセリフだ」
*****
猫の飼い主が帰った後、伸が征士の状態と食生活を心配して夜に訪ねてきた。
食事の準備をしながら、出る言葉は事実だけど…。
「今までの当麻の悪行全部聞いた?何年も片思いさせて苦しめた挙句、実ったと思ったら2年もアメリカにいなくなるし。帰ってきてから5,6年経つけど、家事してんのほぼ征
士だし。」
征士は…俺をじーっと見ていた。
ええ、そんな事は教えてませんよ。
「俺だって、家事ぐらいまたにはする」
別に、隠してはわけじゃない。
・・・つか、自分とのことを他人事みたいに聞かれたイヤだからだ。
一番大事でデリケートな感情を、言葉で語るのは、今の俺には無理だ。
「どうしようもない時が、気がむいたらでしょ。なんか言いなよ、征士。もともと無口なのに、さらに拍車がかかってるね〜」
「今は、どうしようもない時なのだな」
そんな気持ち…今の征士には、わからないだろうなぁ。
普段は、こっちが『げっっ』という程、俺の事に関しては敏感なのにな。
「俺、ひどい悪もんみたいじゃないか!俺だってなぁ、征士のこと大事にしてますよ!」
―――結局、食事は美味かったけど、内容は俺の吊るし揚げに近かった。
「日頃の行いだな」と征士は笑ってたけど。
伸が帰って、二人きりになってから
「・・・私は、本当に当麻に惚れているのだな・・・」
と苦笑する征士。
「だろうな」
なら、早く思い出せ!って言いたいのを堪える。
征士の方が不安だろうし、切実にそう思っているだろう?
なのに、知ってか知らずかマイペースなヤツだよ。
「まぁ、それでいいのなら、いいのではないか?」
と。
まぁ、現状を潔く受け入れる―――記憶がなくても、征士は征士だ。
考え方って変わらないんだなぁ。
で、そこも、いいなぁって思っているから、しょうがない。
伸ちゃん夕食がかりありがとう。ごめん、中途半端。
2011.09.07 UP
by kazemiya kaori