■ 青い眼の愛しい人 2 ・・・ 記憶がなくとも、抱きしめる
「私」の家に向かう途中、タクシーの中で当麻はほぼ無言だった。
一方、私も聞きたいことが山のようにあり、言葉が出ない。
家の最寄り駅からの帰る途中の事故だったのだろう、病院からそのマンションまでは意外と近かった。
玄関を開けると、見覚えのない初めての空間。
香りはなんとなく、初めてでなないような気がしたが、動物の香りはしないようだ。
「猫を飼っているのではないのか?」
「飼ってないぜ」
昨日伸という青年は、大きいのを飼っているといってなかったか?
実家にいるのだろうか?
すたすたとあがっていく当麻の後に続いてお邪魔する。―――自分の家なのだろうが、そんな感覚だ。
一本廊下で、ドアが4つあり、つきあたりにリビングが見える。
途中部屋のドアが開いていたので、つい覗いてしまう…少し悪いような気がしたが、どんな暮らしだったのか興味があるし、記憶が戻るきっかけになるかも知れない。
1つは、洗面所と風呂らしい。1つはトイレか?やたらと本が山のように置いてある部屋。そして、かなり大きなベッドのある部屋。
そして、リビングについた。
部屋が足りなくはないか?寝室が一つしかなかったが・・・。
・・・もしかして、当麻と「私」は同居ではなくて・・・?
*****
突っ立っている征士をソファへ促し、とりあえずコーヒーを沸かす。
「何から、聞きたい?」
猫を飼っているかとか訳わかんない事を言い始めた征士に、正直戸惑う。
寝たきりで3日間起きなかった時も辟易したが、記憶がないってもなぁ。
相変わらずの綺麗な顔だけど、緊張している表情の征士。
出会った事は、そんな顔ばかりだったなぁと回想してしまう。
「全てだ・・・できたら、一番の過去からさかのぼって、今の暮らしてく上で必要な事を」
それから、俺は「俺の聞いた話とか、主観でだけど」と断ってから、話し始めた。
仙台の名家である実家の事、鎧を着て闘ったこと、その時の仲間の事・・・。
その度に、「ふむ」とか「そうなのか」など、理解しようとするような、思い出そうとするような声が出てくる。
真面目な征士らしい反応だ。でも、この事実はどうかな?
「で、俺と征士は、同棲してんの。」
征士の眼は見開かれ、動きの少ない表情筋は驚きをつくりだした。
*****
やはりとまさかがいっぺんに、頭の中で鳴り響く。
・・・猫は飼っていない。
もしかして、いや、もしかしなくても、私の"大切な青い目のおおきいの"は当麻のことなのだろう。
驚きで、掠れてしまった声で訊ねる。
「私の性格というか、キャラクターは、今の私とはだいぶ違うのであろうか?」
「私」は私とは別な人格で、男性とも楽しくお付き合いできるキャラクターだったのだろうか?
「俺からみたら、あんま変わってないみたいだけど?」
目の前の「私の恋人」は、あきらかに戸惑う私を楽しんでいる。
「いつから?きっかけは・・?」
問わずにいられない私に対し、当麻は意地の悪そうな笑みをうかべ「思い出せ」とだけ言った。
「まぁ、会社にも行けないだろうし、家でゆっくりしてれば?意外と身体って神経反射だから、以前の事を覚えてるもんだぜ。そのうち、なんかのきっかけで、脳の方も思い出す
かもしれねぇし」
*****
ちょうど、その時家のチャイムが鳴った。
「はい」と俺がインターホンに出ると、「猫を助けていただいたものです。お礼を申し上げたくて」と若い女の声がした。
ここの住所をどうやって知ったのかは、想像がつく。たぶん動物病院で秀が連絡先やらをここにしたんだろう。病院側の個人情報流出もいいところだ。
「征士、助けた猫の飼い主がお礼に来たぜ」
玄関で征士を見たその女性は、目をきらきらさせながら「本当にありがとうござました」
と菓子折りを渡していた。
表情の変化を目の当たりにして、征士のハンサムっぷリが尋常でないのを改めて実感する。
「いえ、わざわざご丁寧に。」
取り付く島もない征士の言葉に、なんとか話をしたい・仲良くしたいオーラを出して会話を続けようとする。
「どんな状況だったのでしょうか?うちの子」
記憶がない状態であることを征士が話すと、
「まぁ、うちの子のせいで申し訳ありません。もしかしたら、うちの子を見たら思い出すかもしれませんね。今日退院するので、明日連れてきます。じゃぁ」
と帰って行った。迷惑そうな俺は完全に無視。征士の困惑も無視して。
「・・・女性が苦手だから、男性に走っているのか?」
失礼な発言を「礼将」はしやがった。
*****
何も思えていない私はお客様状態で、当麻に言われるがまま、夕食と風呂をいただく。
世話を焼いてくれている当麻には申し訳ないが、食事の準備にしても、風呂の準備や衣類を出すにしても、手際が悪いか言うか・・・。
「もう、教えんのめんどくさいから1回で覚えてくれよな」というが、確かに自分でした方が効率は良さそうだ。
しかも、猫の飼い主が持ってきた菓子折りは、ほぼすべて当麻の胃に納められた。
私達は、どんな生活を送っていたのだろうか?
さて寝るかと、ベッドに横になると、当麻は当然のように、潜りこんでくる。
一緒のベッドで、寝るのか。
寝るのだな。
「・・・その、身体の関係というのは、あったのだろうか?」
思い余って聞くと大爆笑が返ってきた。
「ははは、あぁ腹痛い!征士のセリフかと思うと!笑いすぎて、ハラワタが伸びそう」
あったのか・・・。
思い出せない上に、想像もできない。
今の私には、無理だ。
これ以上は、無理だ。
もう寝るしかない。
*****
ちゅっ。
記憶がないってことにいっぱいいっぱいの征士に、いたずら心と恨めしい気持ちで思わずキスしてやった。
…忘れやがって!
「当麻!」
またもや、呆然とする征士。・・・今日何度目だろう。
「ははは、おやすみ」
そう言って、毛布を引きかぶった。
そんな顔するなよ、見たくない。俺だって傷つくよ。
いつもは、こっちが迷惑だって程に、抱きしめてキスして、十分すぎるぐらい存在を主張するのに。
早く思い出せよ。寂しいだろ。
今は、もう、笑うしかないじゃないか。
からかわれて怒ったのか、背中を向けて寝る征士。
それで、今まで征士が俺に背を向けている事がなかったことに気がつく。
あぁ、こんな事でも、俺はお前に甘やかされていたんだと、分かってしまう。
征士に起きる非常事態で、思い知らされる。
いつもいつも、気ままに我がままに振舞う事が多いのは俺。
甘やかすのが好きな征士と甘やかされるのが好きな俺。
俺は…たぶん征士も、それでもいいと思っている。
でも、行きすぎないように、釘を刺されるかのように、こんな事態が時たま起こるのだ。
そして、普段、征士が感じているかもしれない、ちょっとした「寂しさ」や「物足りなさ」を、まとめて思い知らされる。
一緒にいるのは当たり前のようでも、当たり前じゃなくて。
想うもの、想い続けるもの、当然じゃなくて。
生活と日々の中に、濃い薄いはあっても、しっかり「恋心」と「愛情」を存在させようって。
思い出せ、アホ征士。ガラにもなく泣きそうだ。
―――でも、大丈夫。征士はここにいる。
私も記憶なくしたいぐらい、視点がころころころと・・・。
2011.09.07 UP
by kazemiya kaori