当麻&征士 Love Valentine 2014
Dangerous chocolate 1
by スズシロ 様
金髪に紫色の瞳、色白に映える美貌。
そういうわけだから、目をつけられたのだろう。
下校時に目の前の道を数人の男子生徒に立ちふさがれて、征士は嫌そうに顔を顰めている。普段は彫像のように無表情なのだが、目前の危機と下品な空気にどうしても感情が表に出てしまったのだろう。
征士はそのまま横に避けて通り過ぎようとしたが男子生徒はまた三人で前に回り立ちふさがる。
征士は更に横に避ける。また立ちふさがる。
「--何だ」
押し殺した声で征士は問いかけた。
殆ど夜の時間帯だった。PM20:00を過ぎている。部活の後も自主練を続けて征士はようやく下校するところだった。
十二月の夜の大気は冷たく凍てつき息が白い。征士が背中に背負っている竹刀を持つ手も凍り付きそうだ。
「私に何か用なのか」
「私?」
征士の主語がおかしかったのだろう。男子生徒達は笑い始めた。征士はまた嫌そうに顔を顰める。--雰囲気はどんどん険悪になっていった。
トイレから出てきて校門の方に回った当麻は、自分の仲間が叩きのめされているのに遭遇した。
「へ?」
相手は体格のいい男子生徒三人である。スポーツ部に所属している訳ではないが、中には武道をかじったものもいて、運動神経はかなりいい。
それが殴りかかってくるのを金髪の少年が竹刀一本で対抗し、全く自分はダメージを受けずに叩き伏せるという芸当を行っている。
当麻はぽかんとしてその常識外れな光景を見つめた。
怒りに満ちた金髪の少年、征士の顔は美しかった。顔だけではなく、動きも、佇まいも、当麻はこんなに美しい人間もいるのだということを、初めて知った。
「へえ……」
仲間達を助ける事もせずに、当麻は征士が相手全員を地面にひれ伏させるのを見守っていた。
「先に手を出したのはお前達だ。今後は暴力を持って人に金銭を集るような行いは慎むのだな」
そう言い捨てると征士は竹刀を背中に背負い直し、校門の向こうへと歩いた。
「待てよ」
木陰から出て当麻は征士の背中に声をかけた。
「--?」
征士が振り返る。紫色の瞳が当麻の存在を睨み付ける。
「俺の仲間が失礼な事したね」
当麻は含み笑いを見せながら征士に聞いた。
「貴様も私に何か”用”なのか?」
征士は機嫌が果てしなく悪いらしい。
「そんなことしないよ。伊達征士さん」
「--」
「高校剣道で百年に一度の天才って言われる伊達征士でしょ? アンタ。そんな奴に手を出すなんてバカな真似、俺しないって。多分」
「……用がないなら帰るぞ」
ため息をついて征士は当麻にまた背中を向け、街灯ばかりが光る暗闇の道へと消えていった。
「多分、ね……」
当麻は口を曲げて笑い、仲間の一人を蹴り起こした。
征士が当麻を実はクラスメイトだと知ったのは翌日の事だった。
ずっと休んでいた不良生徒がいきなり登校して授業を受け始めたのである。今までは全く登校せず、登校しても屋上や保健室で寝ているだけだったので征士は羽柴当麻がどんな顔をしているのか知らなかった。
「ね、俺に教科書とノート見せてよ」
しかもどういう訳か問題児軍団の一人、羽柴当麻が、清廉潔白の優等生の征士につきまとい、授業を教えてくれることをしきりに頼み始めた。
「隣の席に頼め」
鬱陶しそうに征士が言っても顔をへらへらとした笑顔に包んで当麻は全く堪えない。
「冷たい事言うなよ、まるっきり知らない仲でもないんだし」
「……っ」
真面目に武道を志す者は一般人との喧嘩を厳しく禁止されている。征士が当麻の仲間を散々に打ちのめしたのは全くの不可抗力で正当防衛ではあったが、学校側や剣道場に知られては色々と問題の起こる事であった。
征士は半ば以上、問題児達が訴えを起こすことを予期していたが、何故かそういう連絡が来ていない。それどころか当麻が自分にまとわりついてくる。
(……どういうことだ。ここは穏便にした方が得策なのか……?)
当麻がどういう腹づもりなのか征士は全く見当がつかない。
「ねえ、ノート見せてくれよ。見たいなー」
「分かった、ちょっと待て」
結局、征士は当麻に教科書や参考書、ノートを貸した。
(厄介な事になった……)
そうは思うが、自分が問題児達と大立ち回りを演じた事が学校側にバレればその方が余計厄介な事になる。口止め料だと思って、征士は我慢することにした。
その後、週番の役割で征士はHRで提出物をクラス中から集め、担任の所へと持っていった。
「羽柴当麻と仲が良いのか」
噂は既に駆けめぐっているらしく、担任の方から征士にそう聞いてきた。
「いえ、そんなことは全くありませんが」
迷惑がっている征士はそう答えた。カツアゲするような連中の仲間であるし、へらへらして軽そうだし、征士が嫌悪する部類の人間である。
「だが教科書やノートを貸したりしているんだろう?」
「……何やら困っているようで、頼まれたので」
「困っているだろうなあ、このままでは留年間違いないからな」
征士は驚いた。
「そうなんですか?」
「出席日数の問題でな。羽柴はな、地頭はいいんだ。小さい時にIQの良さでテレビに出た事もあるぐらいでな……だが本人がちゃらんぽらんでなかなか授業に出てこない、それで学校側としても救済措置で特別にテストをしてやろうと思っているんだよ」
「テスト?」
「とりあえずそのテストに合格すれば能力はあるので日数が足りなくても進級出来る計らいにしようとな。だがそれにはまず授業に追いついて内容を理解しておく必要がある。そのために真面目な伊達のノートが欲しかったんだろう」
「なるほど……」
何故今になって出席してきたり、勉強を始めたりしようとしているのか、征士はそれで理解した。
「しかし、何故私に……?」
「さあ、それは私にも分からないが、伊達、羽柴のためにも協力してやってくれないか。羽柴は伊達が気に入ったんだろう」
「……」
気に入ったと言われても困ってしまう。だが、本人が進級のために努力したいというのを無下に扱うのも可哀相な気がした。
「本人がやる気があるのなら、私も協力しましょう」
征士は結局そう言った。
それからすぐに期末テストだった。
「なあ、征士の家に行って一緒に勉強していい?」
いきなり当麻はそんなことを言い出した。
「部活がある。そんな余裕はない」
そう言って征士は一度は断った。
「スポーツ部だって期末テスト前は一週間休みになるじゃないか。俺だって知っているんだぜ。どの日か一緒に勉強しよう」
当麻は懲りずにそう迫ってくる。
「……」
嘘がヘタな征士は見破られてしまい気まずくなって、そのまま当麻に押された。
「仕方ない……」
相手は進級がかかっているのである。自分のせいで留年ということになったら征士だって寝覚めが悪い。
「征士! 一緒にトップを目指そうぜ~!」
当麻は陽気にそんなことを言って征士の肩を抱いてくる。征士は殺意を覚えた。
(出席日数が足りずに特別にテストされる分際で、トップだと!?)
そう思いつつ、期末テストの直前の日曜に、征士は当麻を自分の部屋に招いて一緒に勉強することにした。
(あんないい加減な奴……)
やる気を出すと言ってはいても、ずっとサボリ続けていた当麻である。信用は出来ない。
だが日曜、意外にも時間通りの午後一時に、当麻は手土産のケーキを持って征士の家に現れた。
「俺ここのケーキ大好きなんだ。征士にも食べて欲しくてさ」
そう言ってこれから苦手な勉強をするというのに上機嫌である。
「これから遊ぶのではないのだぞ」
厳めしい顔で征士は戒める。
「まあそう、固い事言うなよ」
ケーキは三時に取っておくことにして、二人は早速一緒に勉強を始めた。征士は当麻の分のテーブルを出してやり、自分は小学生以来使っている学習机に向かった。
「まずはこの数学の基本問題集、それからこっちの物理……。公式さえ覚えてしまえば何とかなるからな。それから古典や暗記物は今からやっても間に合わないが、この活用形などを丸暗記してしまえば何とか目鼻はつくだろう。歴史は年表丸暗記」
「英語は?」
「試験範囲内に出てきた単語を丸暗記」
自分で言っていて征士は気が遠くなってきた。
「ふーん」
だが当麻の方はまるっきりけろっとしたものである。
パラパラと問題集をめくって一人で頷いている。
「どうだ? 出来そうか?」
征士は暗澹たる気持ちで聞いてみた。
「トップなどと言ってどれだけ無理難題か……」
「ちょっとコレ解いてみるから待ってて」
「……は?」
そう言って当麻は数学の問題集に向かってシャーペンを握りしめた。全く授業に出ていなかった癖に。
征士は唖然としたがすぐに諦めるだろうと思い、自分は学習机に向かって自分の勉強を始めた。
三十分後。
「終わったよ」
「何?」
当麻は問題集とノートを征士に見せた。
素人とは思えないその書き込みに征士は驚きながらノートを受け取った。問題集の後ろの答えと合わせてみると、どれもこれも完璧に解けていた。征士が説明した試験範囲内の問題全部が完全な正解で返されていた。
驚愕に襲われながら、征士は何故当麻を教師達が進級させようとするのか理解した。当麻は問題児であると同時に天才児で、本人がやる気さえ出せばどんな未来も思いのままなのである。
「お前……」
呆気に取られて征士はそれ以上、言葉が出てこない。
「えーと、後は物理とかと……? 何か暗記物なんだって?」
「暗記は得意なのか?」
「うんまあ、ただ問題を解くよりは時間かかるね」
しかし当麻は平然と余裕の笑みを浮かべていた。
征士は憎たらしさを感じたがそれを表情には出さなかった。当麻に素直に自分の参考書数冊を貸した。
「これを読めば少しは早いかもしれない」
「サンキュ」
そうして征士は再び自分の試験勉強に向かう。当麻の方は参考書を読みふけった。
小一時間ほどして、当麻が征士の机の後ろに立った。
征士のノートをのぞきこんでくる。
「なんだ、どうした?」
「本、読み終わっちゃったんだよね」
「参考書に問題もついているだろう。試験問題だと思って解いていろ」
「飽きたよ」
そんなふざけた事を言いながら当麻は征士の後ろからシャーペンを伸ばしてきた。
「何を……」
そしてつっかえていた数学の問題の解をスラスラと書き込んでくる。
「これでいいはず。何か分からない?」
「……っ」
真面目に勉強してきた征士は当然悔しさを感じるが、呆れもする。
「何故、お前は授業を受けてこなかったのだ?」
「だって、眠いじゃないか」
そういう人を食った答えを返してきた。
「眠い?」
「ああ、どの先生の授業もとにかく眠いし、だけど机で寝ると首とか肩が痛くなるし……それで屋上や保健室で寝ていたんだよね」
「呆れた奴だ。学校に一体何をしに来ているのだ」
「ははは」
怒る征士に対して当麻は何故か笑っている。
「そうだな。今は、征士に会いにかな」
「……何だそれは」
訳が分からなくて征士は眼を瞬き、当麻の顔を見つめる。当麻は笑いを含んだ顔で何も言わない。
「学生の本分は勉強なのだから、しっかり学業に励め」
頭の固い征士は同級生にそう説教をした。
「そう? それじゃ俺が勉強してトップに立ってくれたら認めてくれる?」
「認める? 何を?」
征士は益々訳が分からない。
「征士が勉強しろって言うなら勉強するから、成果を出したらキスしてくれよ」
「……は?」
今度こそ征士は唖然とした。
自分は男で、当麻も男だ。何を言っている、と言いたいところだったが知っている嫌悪感がこみ上がってきた。
征士はその容貌のせいで同性からそういうからかいやセクハラを受ける事は初めてではなかったのである。だからこそ激しい嫌悪感と怒りを感じた。
「ふざけるな。今度そんなことを言ったら叩っ斬るぞ」
「ちぇー。つまんねえの」
明らかに怒りを露わにした征士に対して、当麻はあっさりと引き下がった。
当麻は後ろから征士に覆い被さっているため、そのときの表情は征士には見えなかった。
ちゃらけた細面には似合わない獰猛な肉食獣の笑みがそこにはあった。
「征士さんのそういうお堅いところが……」
「何だ!?」
「いえいえ、何でもありません」
そういう訳で、期末テストは当麻が五教科満点の学年首位を取る結果で終わった。半ば予想していたものの、征士は喜びよりも呆然と呆れる気持ちの方が強かった。
征士の方は二十番内には入っていて、普段通りの成績である。
順位を張り出している職員室前の掲示板、そこで征士はため息混じりに立ち尽くしていた。
「よくやったな、伊達。よく羽柴にやる気を出させてくれた」
そう言って喜んで征士の肩を叩いたのは中年の担任だった。
「はあ……」
「伊達もいつも通りなかなかの成績じゃないか。これなら二人とも来年は上級クラスに編入出来るしいい大学を狙えるだろう。この調子で頑張ってくれ。羽柴の事を頼んだぞ」
「……」
どういうわけか征士は当麻の係になってしまっているらしい。
反発を感じて担任の顔を見上げるものの、担任は征士の肩を掴んだまま満面の笑みで気づいていない。
「先生、征士から手を放してくんない」
当麻だった。どうやら掲示板を見に来たらしいが征士の方ばかり向いて酷く不機嫌な表情である。
「羽柴! 凄い快挙じゃないか、先生は嬉しいぞ!」
当麻の話を聞いているのかいないのか、担任は征士から離れて当麻の方へ飛びついた。
「やれば出来るじゃないか、お前。入学試験以来の快挙だな!」
「やらなきゃ出来ないけどね。日頃から頑張ってる伊達さんには負けるでしょ」
当麻はすっとぼけている。
「すっかり伊達と仲良しだな。伊達、羽柴の事は任せたぞ」
何が楽しいのか笑いながらそう言って、担任は職員室の中に引っ込んでいった。
「まあ予想通りの順位だな」
掲示板を見上げながら当麻はそう言った。
「……見事なものだ」
征士は率直にそう伝えた。自分だったら五教科満点学年首位は無理だろう。
「征士のおかげだって。ありがとうな」
顔をくしゃっと歪めて当麻はそう言って笑った。
「……」
当麻がそんなに他意のない明るい笑顔を見せるのは初めてで、征士は戸惑う。
「礼を言われる事でもない。当然の事をしただけだ」
思わずそう答えて顔を背けると当麻は征士の肩を抱いてくる。まるで先ほどの教員のように。
「征士がいてくれりゃ心強いよ。きっと進級も出来て、ずっと一緒にいられる」
「ずっと……?」
何かが引っかかる言い方だった。
それから二学期が終わる日まで、当麻は”ずっと”征士につきまとっていた。朝も休み時間も放課後の部活が終わった後も、当麻は征士を追いかけた。夜遅くまで征士が自主練を終えるのを待ち、自分は教室か図書室で勉強をしていた。
征士が剣道場から出てくるのを待っていて、帰る時は一緒だった。
征士は最初は戸惑い、不快も示したが、次第に当麻の存在を許していった。
人付き合いが苦手な征士にとって当麻の陽気さやなれなれしさは今まで知らないものだった。だが、彼の示すカラっとした好意は心地よかった。
「なあ、冬休みも部活で学校に来るんだろ?」
当麻は闇に白い息を切らしながらそう言って笑った。
「俺も学校で勉強するから、征士、一緒に会おうな」
「……会ってどうするんだ?」
当麻は笑っている。
「だって会いたいじゃん」
流石に違和感を覚えるが、そのために当麻が勉強をして進級のために頑張るというのはとてもいいことに思われた。当麻がその才能を生かして将来の事を真面目に考えるきっかけになるかもしれない。
「……そうだな、私も会いたい」
思っている事はそれだけのはずなのに、征士はそんな言い方をしてしまった。言ってしまってから驚いて、思わず赤面して顔を背けた。
当麻は笑いながら征士を見ている。横を向いている征士にはどんな笑いか分からない。--当麻は獣を思わせる冷酷な笑みで、征士を見ている。
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■ 管理人 風宮香
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