■ 試薬が欲しい 4 
 




「もう死ぬ・・・」と言いたくなるほど、激しくされてくたくたになってた当麻から聞いた日時と場所。

先方の研究所の駐車場に車を止め、待ちあわせの人物を探そうとしていると、信じられないとばかりに目を見開いた女性が立っていた。

「あなたが伊達くんね。すごい、すごいわ〜。こんないい男、見たことない!」

「初めまして。伊達征士です」

年上の女性だし、敬語が無難だろうと言葉を選ぶ。
そして、(姉妹のせいで)女性が得意でないのを感じられないように、鉄面皮を和らげる努力を試みた。

初めまして、太田です。と、挨拶もそこそこに。

「羽柴君も凄い隠し玉、持ってるわね。ある意味反則だわ。こりゃ、イヤだわね〜」

「・・・イヤとは?」

「あぁ、紹介する時、イヤそうだったのよ。羽柴君。なんでかな?」

ふふふと笑いながら。

「羽柴君もいい感じなんだけど、伊達くんはストライクよ!」






女史と向かった店は、研究所の横の坂道を少し上がった丘に建つ、古い洋食屋だった。

「ここのランチ美味しいよ〜」と、席につくとさっさとお薦めランチコースを注文する。

「もちろん、恋人はいるのよね?」

「います」

良く聞かれる質問に、平然と答える征士。もちろん、誰とは言わないが。

「当たり前よね〜。これほどのハンサムに相手がいないわけがない!」

妙に一人で納得している真向かいの女性は、「ハンサム万歳!」と言いながら。
頼んだグラスワインを掲げ、「伊達君は車だもんね。私だけ失礼」とグイッとあおった。

「これから、仕事なのでは?」

いくら休日出勤とは言え…。ある意味お固い征士には、抵抗がある行為だ。

「大丈夫、大丈夫、これぐらい。その方が発想も広がるってもんだわ。酒も男も!
あ、自己保身にいっとおくけど、いい男はね、脳を刺激するのよ。研究の。
だから、今も仕事中見たいなんもんよ!さっそくだけど、いい男の生態をきかせてもらうわ!」

運ばれた料理に手をつけながら、質問攻めが始まる。

「どのぐらい付き合ってんの?」「出会いは?」「なんでサラリーマンなの?」
「芸能関係にスカウトされた事ない?」「仕事やりりくない」「趣味は?」

本当に、どれもこれも、色っぽい話ではなく。
生態とはよく言ったもので、興味本位な質問ばかり。

――― どの要素が脳を活性化するのかはわからないが・・・。

聞かれるままに口に出せる範囲で答える征士に、うんうんと相槌を打つ。

もともと口数の多くない征士から話を引き出そうと、太田女史は大いに質問し、大忙しで食べた。

「呼び出しといて悪いんだけど、実験中の機械が止まるまでに帰らないと。
もう、こんなに美丈夫さんとの食事だと分かってたら、もっと時間ある時にしたのに」

パワフルな女性は、スケジュールも忙しいらしく、さっさと食事が終わり。

思ったよりも、時間が短くてホッとして、一緒に外に出る。





「楽しかったでしょうか?」

でないと、当麻に試薬が手に入らない、と言外に匂わせて。

でも、返ってきたのは別の内容だった。

「羽柴君って面食いなのね。特別な人なんでしょ?」

ウィンクしながら、太田女史はサラッと言った。

あまり変わらない征士の表情が、少しだけ眼を見開いて。

分かってしまうような言動があったのだろうか・・と反芻してみる。

「楽しかったわよぉ。そう考えると、猶更ね」

「失言がありましたか?」

日頃から、気をつけているのだから、何か失言あったのなら困る。

「ううん、ないない。分かったのは、羽柴君の態度ね。」

少し思い出すように言葉をつづる。

「・・・羽柴君とは、2、3度しか話した事ないけど。いつも端的で、飄々としてるような印象だったのよ。
 他人には興味ないって態度だし、本心を出さない語らないって表情で接するし」

わかるでしょ?と同意を求められ、思わず頷く。

「・・・でもね」

その時の当麻の様子がよっぽどおかしかったのか、くすくすと笑い声が上がる。

「『大事な奴なんで、お手柔らかに』って、最後に言った時のぶっきら棒さが、今までの彼らしくないような感じで」

困惑を漂わせる征士にも、笑いかけながら。

「本心だろうなぁ。何か隠したいのかぁ・・・とか、なんかイヤそうだったわね〜とか、いろいろ考えるうちに、そう結う結論になったわけ」

確かに、食事中の会話は、征士の相手が「女性」であるのを前提とした発言もなかったし、答えに困るような質問――「結婚は?」とかもなかった。

そして、征士にその事を感づかせず、自分の好奇心のままに聞きたい事は聞き、答えを引き出させ・・・才女とはこうしたものかと征士は内心、舌を巻いた。


そう思った後で。当麻はイヤそうだったときいて、少し心が暖かくなる。

たぶん、自分の知的欲求に負けて紹介すると言ったものの、本当は、自分の思っている以上にイヤだったのだろう。

頭と心が直結していないIQ250の恋人は、自分の気持ちに自覚が足りないらしい。

――― そんなところが、迷惑でもあり、かわいいのだが。

「でも、だから、よけに興味がったのよ。伊達君に。あばたもえくぼかな、とか。
 そしたら、想像よりすご〜いイイ男で!劇場スクリーンでもお目にかかれないほどでしょ!腰ぬけそうだったわ。」

微かに酔って、饒舌な女史の言葉が続く。

「私だったらこんな魅力ある人を、他人に見せたくないわ。羽柴君、よっぽど、試薬が欲しかったのね。
 それとも、信頼してるからかな?」

「両方だと思います」

「ごちそーさま」

それを最後に、「試薬の件はご心配なく」と太田女史は研究所に帰って行った。




征士も駐車場に向かおうとすると、丘の上のせいでもあるのだろうが、風が強く吹いた。

その風を全身で受け止めながら、今回の首謀者に思いを馳せる。

いつもより、風を優しく感じるのは、当麻が今の私を慮っていてくれるからか?と信じたくなる。

適度な風圧は、この場にいない彼の人が抱きしめてくれているようにも感じ。

何から話そうか、と思案して。

今日は、慰労会でもしてもらおうかと思いながら。

大役(?)を無事に務めあげた征士は、帰路に着いた。




END
 


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めちゃめちゃいい男と評される征士が書きたかったんです!

2011.12.3 UP
 by kazemiya kaori

【オマケ:お留守番当麻】


征士を送りだしてから。


なんかちょっと嫌な気分。
不安はないけど、やっぱいい気がしない。

征士はもっとイヤなんだろうから、俺だってこれぐらいは感じてやんないとなぁ・・・。と強がってみる。
きっと、何にも、ないのはわかちゃいるけど。
征士が帰ってくるまでは、続くんだろうなぁ。
恋人を売った(ともとれる)行動をとったのは自分なのに。

頭では、割り切っていても、心はまだ割り切れない。
まだまだ、青い恋愛中だね。俺・・・

気を抜けば、軽く落ち込みそうになる自分を。
だからって、アレはやり過ぎだろ!と征士への怒りに変換して。
気分を高揚させて、笑って帰りを待てばいい。

こんな事じゃ、何にも変わらないんだから、大丈夫だ。

帰ってきたら、エラそうに首尾をきいてやればいい。
上々との答えしかないだろうから。
そしたら、アイツの好きな笑顔を惜しみなく見せてやれば終わる事だ。

「はくしょっっ・・・」
一度、くしゃみが出て。
なんか、言ってやがるのか?

とか思いながら、征士の帰りを待つのだった。

(おしまい)