■ かぼちゃ事変 1 
 ・・・ 風が吹くと桶屋が儲かる




職場の飲み会には極力参加したくない征士だが、歓送迎会だけはそうも言っていられない。

同じ部署となれば、一次会だけでも顔を出さない訳には行かなくて。
用意しておかない平気で一食抜かす恋人の夕食を朝から用意して、その日は出席した。



「寿退職おめでとうございます」


口々に、似たようなお祝いが述べられて。
入社時からいた女性社員の送別会。30歳を前に結婚が決まったのだと云う。
明るい理由の飲み会は、雰囲気も悪くなく、その場にいるのは苦ではなかった。
退職する先輩社員と少し言葉を交わし、後は自分の席に戻り、差し障りのない会話に終始する。


話す事が苦手な征士も、ここ2、3年で飛躍的に会話術を高めた。
私生活を覗かせないかわし方も。
恋人がいる事は明かしつつ、それ以上の詮索させない方法も。
――― 本当は、のろけたい事も多々あるのだが、何から綻ぶかわからないので自粛。


その日も問題なく終わった。はずだった。
南京の焚き物がテーブルに出た時「好物だ」と言ってしまった以外は。







リビングのテーブルの上には、かぼちゃのケーキが置かれていて。
それを、眺めつつ。
当麻の前が、呆れつつも手を伸ばす。


――― 毎日、毎日、よく持って帰ってくるよなぁ・・・。


正確には貰って帰ってくるのだが。


理由を訊くと、送別会しか思い当たらないという。
その話を聞いて、改めて征士のモテ具合に驚いた。


――― 美味いよ。確かに美味いけどさぁ…。


恋人がいると知られながらも、この攻撃。
具体的な話が出ないので、信じられていないのかな?とちらりと思うが・・・。
きっと、そんな事をものともしない強気な人間がいるに違いない。
まぁ、これだけ美形の隣のポジションに立候補してくるのだから、余程の自信がなければ無理だろう。


確かに、バレンタインには異様な数を貰って帰ってきていた。
まぁ、季節の風物詩だし、気にもしなかった。
本気のチョコレートを用意した人がいたとしても、その数をみたら自分のも埋もれしまうだろう事はわかった。


――― バレンタインは、そんなに気にしてなかったけど。


今回のこれは、どう考えても、征士の気を引くために。
っていうか、かなり狙いを定めて。
しかも、特定単数または少数で。
その事が、引っ掛かる…。


退社した女性がお局様で、征士へのアプローチを取り締まっていたってのも予想がつく。
ブレーキ役がいなくなったので、たぶん、所かまわず、手段かまわず、なんだろうけど。


面白くない当麻がガツガツ食べる。
なので、征士の口には入らない事が多い。
もしくは、入れさせないように、食べてしまっているのかも…。



征士が甘い物が得意でないとは知っていても、流石に煮物やらを持ってこられる強者はおらず。

甘さ控え目の手作りのお菓子が多い。
クッキー、サブレ、プリン、チョコ、カップケーキ、パウンドケーキ…。
よくもこんなに種類があるものだと感心させられる。

ちなみに今日は手作りらしき南瓜のレアチーズケーキ。


甘ければ、大抵いける当麻は既に、ホール型の270度、6/8ピースを胃袋に納めていた。
普段なら、そのまま全部…となるところなのに。
フォークの動きが止まる。


「うっ………え…………?」


両手で自分を抱きかかえるようにすると、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
やや、苦しそうな息が洩れ…。


「どうした?」


何時ものように美味しそうに食べる当麻を見つめていた征士が、向かいから慌て駆け寄る。


「大丈夫か?」


顔を覗き込むと、頬が赤い。
抱き起そうと肩に手をかけると「う…はぁ」と甘い声が上がり。


「…さわんな…」


困ったようにうるんだ青い瞳が、力なく視線を送る。


「これさぁ、……社内のコがくれたんだろ?…ったく、どんな頭してんだよ…」


触るなと言われ、どうしたものかと心配気にみていることしかできない。
その様子から、毒物など生命の危機ではないと感じ。
ほっとしたものの。


――― 毒薬ではない…………薬…………媚薬……か?……


表情も、声も、みれば、なんとも…とろん、として色っぽい…。


ピンポーン!


まさしくのタイミングで、マンションのインターホンが鳴る。
征士が誰かを確認に行くと。
画面には、それを征士に渡した当人が映っている。


――― どんな頭をしているか、訊くのは後日だな…。


何も返事をせず、インターホンのスイッチをオフにした




 


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以前、モテル征士さんの話を書きたいと言っていて。
こんな展開に。

2011.11.08 UP
 by kazemiya kaori