■ 一緒に暮らそう 1
・・・ 最初のお話。征士大学4年の11月。
玄関に鍵を差し込んで回すと、空回りした。
ドアが開いている状態。
それだけで、嬉しくなってしまう。
朝まで腕の中にいた恋人が、帰ってしまっていない事を意味するから。
だから、「ただいま」と奥のリビングに向けて、少し大きな声で告げる。
すると、「お〜」と聞こえてきた。
鍵をかけ忘れていた訳ではない―嬉しい予感が確証となり。
顔を見たくて、足早に廊下を進んでしまう。
リビングに入ると、ソファーの上で寝転びながらぶ厚い本を読んでいたらしく。
本から上げられた青い瞳に微笑みかける。
ソファーの前に膝まづき、顎に手を添えて口づける。
軽く触れるだけのキス。
「ん」と答えてくれる。
「ただいま」とあらためて当麻に告げると、「おかえり」と返される。
ほんの三ヶ月前まで、アメリカに留学していて、触れる事が叶わなかった大切な人。
三年の時を経て、この夏に、やっと、やっと、やっと、やっと…帰って来た。
傍にいない事、すぐに会いにいけない事が、狂おしく感じた日々。
その姿を、蒼い瞳を、見つめたい。
笑い声を耳にしたい。
甘い香りをかぎたい。
体温を感じたい。
――当麻を味わいたい。
五感の全てを、当麻で満たしたい。
そんな想いが溢れてしまい。
言い様のない寂しさと、ふとした心配が渦巻く…。
想像していたよりも、辛く。予想していたよりも、長かった。
当麻の選んだ道を邪魔するつもりはないものの、その才能さえ恨めしく思った日もあったぐらいに。
確かなものは、自分の揺ぎ無い想いだけで。
ひたすら、待つことしかできなかった。
我慢に我慢の甲斐があって、また腕の中に帰ってきた愛しい恋人。
もう離したくない。
そんな想いがぶり返し、もう一度キスしようとすると「さっきしただろ」と手で唇を押さえたれ、止められた。
なので、青く柔らかい髪を撫でるに留める。
寝ぐせに気づいたが、この際たぶん昼過ぎ迄寝ていた事などへのお小言は口にしないでおく。
(じゃないと、その手も振り払わるから)
少し撫でさせるままにしていた当麻が、本を閉じて身体を起こした。
「バイト行く日だろ?一緒に出るよ」
「いや、今日は休みだ」
週4日とかなりのペースで、アルバイトをしている征士。
当麻が帰ってきてから、変わりなったので休みとの言葉に「あれ?」という表情になる。
その表情に答えるように。
「そろそろ、卒論に本腰を入れるので、日を減らしたのだ」
「あっそっ、じゃあ頑張れよ。帰るから」
卒業を控え、論文に忙しい征士に比べ、すでにアメリカの有名大学を卒業した当麻は気楽な身分だ。
就職先も決まり、時々研究所にも顔を出しているらしいが、拘束はない。
4月まで正式採用にならないってのが日本的で、当麻にとってはやや不満であるらしいが。
博士号を3年で取って帰ってきた疲れを考えれば、いい休憩期間。
そして時間があると、本人いわく『居心地のいいソファ』のあるこの家に遊びに来る。
帰国後、当麻のマンションの惨状を見て、征士が部屋の鍵を渡してからは、この部屋で過ごすことが多いのだ。
「用事がないなら、せめて夕飯ぐらい食べていけ」
「そしたら面倒になって…って、昨日も同じパターンだったろ」
だから、帰る。と言う。
合い鍵があるのだから、帰ってしまっていても良いのに、待っていてくれたのだ。
何も考えずフラりと来るのに、帰る時は顔を見てからというのが嬉しい。
少しでも顔を見たいと、想っているくれている様で…。
帰ろうと立ち上がった当麻を抱き止めて。
さよならするには濃厚で引き留めるような深い口づけをする。
「よせって。昨日十分シタだろ。いい加減に着替えたいし」
肘で征士の腹を押し返す。
また、会えるのだという思いと、あまり
「だから、着替えを少し持ってくればよいと言っているではないか」
「そしたら、ますます帰らなくなるだろ」
そう言い残して、じゃぁっと、自由な蒼い猫は出て行ってしまった。
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でも、下着は2,3枚置いてあって、征士が洗濯。
2011.10.25 UP
by kazemiya kaori