■ 抱かない男 【後編】 






夕食後、当麻がおもむろに棚から酒瓶出してきた。
ソファでくつろぐ征士に、ラベルを見せながら。


「これこれ、珍しい酒が手に入ったんだ」


ちょっと度数の高いウォッカ。通常の店頭では見かけないラベルが付いている。
日本酒が一番好きでも、アルコールに強い征士は左程にこだわりはない。
こだわるのは、むしろ、誰と飲むかなのである。だから、当麻が勧めるものであればもちろん頂く。


たわいもない話をしながら、その酒を煽る。

まだ、2、3杯なのに、ぐらりっと。

――― まだ、そんな飲んでいないはずなのだが・・・?

たいした量をでもないのに、頭の芯がぶれたような感じがした。

――― 酔っているのか?

「・・・当麻、すまないが水をもらえないか?」

はいよ。とコップを渡しながら、征士の横に座り様子をうかがう。

征士は、水を一気に飲み干しグラスをテーブルに置くと、前かがみの姿勢のまま動かない。
その様子を、内心で舌を出しながらに見つめる。

―――まわってる。まわってる。

こっそりと、征士のグラスに混入させた酒以外の成分。
アルコールの吸収速度をあげ、分解を阻害する薬。

気になる事――セックスしなくなった理由――を、放置できず。
何を考えているのかを聞きだすために考えた手段。

普通に訊ねても埒が明かないのは、今までの経緯で分かっている。
だから、何を意図しているのか聞き出すには、酔わせるのが早いと踏んだのだ。
酒にめっぽう強い征士を酔わせるのは、至難の業。なので、薬を使わせてもらった。

あちらこちらの研究室に出入りする当麻なら、別種の薬を手に入れることもできたけれど。
なるべく穏便に、気づかれずに済ませるならば、この程度で十分だろうと思っていた。

紫の瞳は、とろんとしながらも、じとっと見返してくる。



――― かなり、すわってきた。もういいかな?



「なぁ、征士。なんで俺とセックス、シてたの?」

「愛しているからだ」

これは予想していた返答。そして、酔って正直になってる。

―――よしよし。



「じゃ、なんで最近シないの?」






「愛しているからだ」






がっくり。


と、音が聞こえるほどに、当麻の肩が落ちた。


――― ・・・だめだ、ただの酔っぱらいだ。作戦失敗。


瞬時に、当麻はあきらめた。


やっぱ自白剤の方が良かったか?と思った時、征士に口づけられていた。
きつく抱きしめられて、身体を密着させられながら。
いきなり舌を入れられ、深く口内を舐めまわされる。


「そうだな、久しぶりにシたくなってきた」


「今は誘ってねぇ」


逃げようとするが、タガと一緒に力のリミッターも外れたらしく、まったく動けない。
そのまま、ソファに沈められる。


あとは、追い剥ぎかというぐらいに、素早く服を取り去さられ。
全体重に近いんじゃないかと思われるほどに、圧し掛かられて。
餓えた大型獣のように、喰らいつかれる。


激しく、掻き毟るように求められると、安心するのは。
やはり、自分への愛情やら執着やらが、変わっていない事を確認できるから。


首筋に咬み痕を残されつつ、早々と下肢にも手を伸ばされ。
慣れてきた手順と手管。
受け入れさせるために、施される愛撫。
指がほぐすように入口を突き撫でる。そして、そろそろを出し入れさせ。
当麻の中が蠢き、反応を返すようになってから。脚を抱え上げて。


「ちょっ……あぁああ」


即物的すぎないか?との発言は、久しぶりの圧迫感で打ち消された。
酔って、自戒―しばらくスルのをやめる―から解き放たれたであろう征士に。
欲の赴くまま、腰を揺すられる。


自然と閉じてしまう瞼に残ったのは、躍動感あふれる征士の腕と胸。
整った筋肉は、大学に入っても続けられている剣によるのだろうか。
伝い流れる汗は、今は自分への執着の証。


若い雄ならではの、体力勝負のようなセックス。


いつもなら、こんな感じで。
互いに熱を解き放つまで、時間と感覚を共有し。
開放してもらえるはずだった。





なのに。





ふと、一瞬、不自然に動きが緩み、目を開けると、上に乗っている征士は思案顔をしていた。
だが、すぐに、当麻の腰を持ち上げて、軽く捻り角度をつけて。
最奥までの侵入を果たす。


「あ!……ぅう!……っぅぁぁあ!……」


何ともいえない、びりびりとした疼きが背を駆け昇り。
快と欲を体中に、撒き散らしていく。


――― なんで、こんな…


確かに、慣れた身体ではあるけれど。
これ程に、感じた事なんてなかった。


征士は、微妙に触れる個所を変えながら、満遍なく愛するように。
もっともっとと攻め続ける。


「…や……め……ああああぁぁぁ」


――― コントロール…できな…くな…る


ゾクッとする恐怖と、抗えない快感。
意識していなかった事とはいえ。
全てを預ける事のないように、どこかで調整していらしい。
それに、気づくも、最早手遅れで。


――― たぶん……征士は…逃がしてくれない…


まともな思考が出来たのは、それが最後で。
触れる肌の全てから、痛いほどの熱があがり。
今まで知らずにいた感覚が、身体中を乱反射して。
悲鳴に近い声を上げさせられる。


「はっ―――あ―――ぁぁぁ」


抱え上げた腰と足を更に、引き寄せ。
一番声の上がった場所を、角度をつけて抉るように、圧した。


「―――――!!!」


言葉にする余裕がない程に、強い刺激に。
裡だけが、不規則に征士を締め付けて、正直に返す。


何かが擦りきれて切れて、頭の中が真っ白になっていく。


「・・・あ・・・はぁ・・・・う・・・んん・・・・」


突き上げられるたびに、甘い吐息がもれるだけ。


「当麻・・・愛していると言って欲しい」


時々戻ってくる微かな意識の合間に、囁かれた征士の本心。

ずっと、待っている彼からの言葉。

今、一番欲して止まないもの。









浅く速く呼吸を繰り返しながら、達するための刺激を待っているのに。
先ほどまでの追い上げるような動きが鈍くなってきて、当麻を不審がらせる。


じんじんと、まだ甘い痺れが中で渦巻き。
もっと欲しいと、自然と腰が焦れて動く。


でも、征士は静かにゆっくりとしていて。


「………なん…で……」


問われたのでもう一度、青い瞳を見つめながらに、願い事を囁く。


「愛していると言って欲しい」


―― 言わないと、終わりは来ない・・・

普段の優しい紫の双眸は、今は譲れない必死さと残忍さを滲ませている。

ゆるゆると、腰をゆすり、上下させながら。

狂おしいほどの熱が冷めないようにだけ与えられる律動。


「………ん………あぁ…あ………」


焦らされて。


「当麻」


促される。


「言ってくれ」


言葉と同時に、強く打たれる。


「ああああぁぁぁ」


一度だけ、与えられる暴力的なまでの快感。

続けてそのまま、突き抜ける程に感じたいのに・・・。

――― 何度も……されたら…気が…狂う……




首をふり、いやいやをする当麻を見つめながらも。

また様子を伺うように、ゆっくりと繰り返す。


「せ……いじ………」


涙目でその名を呼んでも、許してもらえない。

目元と口元にキスされて。


「当麻、愛している」


絡みつく内壁の襞を数える様に、中で往来する。


「お前は?」


言えとばかりに、優しく問いかかる。


「当麻・・・」


声が聞こえないと、征士が軽く眼を閉じて。

更に身を屈めて、深く貫く。


「うぅあっっっっっ!」


意地っ張りな恋人から、望んだ言葉を引き出させるために・・・。





幾度か繰り返すと、靄のかかった理性がやっと完全に当麻から手離され。

「あぁ………イかせ……て……せ…じ………せ…じ」

荒い呼吸音の中で、自分も限界を感じながら最終通告をして。

「イかせてやるから・・・言え、当麻」

そうして程なく。やっと互いの望みが叶えられた―――。







目を覚ますと、時計は昼近くを指していて。
珍しい事もあるのだと、驚いて起き上がると、激しく頭痛がした。しかも、気分も良くない。

隣を見れば、愛しい恋人が裸で横たわっており。

昨夜にあった事を、少しずつ思い出した。
断片的には、抜け落ちておるものの―――。

自制をなくして、存分に当麻を抱いて。
欲しかった言葉を、聞く事が出来た。


かなり…無体を強いたような気もするが。
本来酒に強いはずの自分が、ほんの2,3杯しか飲んでいないのに二日酔いを起こしている。
これらは、当然合わせて考えてもいいはず―――。


「ううぅぅ」


隣で、目覚めの悪そうな声が上がった。
「おはよう、当麻」と言ったものの、頭痛で顰め顔になっていたかもしれない。

「あ〜、怒ってる?」

半笑いできく当麻。
その後に、同じように表情が曇ったのは、動いた時の腰のダルさが原因だろう。

「いたずらの代償はもらったから、気にするな」

意地の悪そうな笑みをワザと浮かべて答えてやる。

当麻の事だから、抱かない理由がわかったのかもしれない。

だからといって、何が変わる訳でもない。
奥底にしまっていて口に出さない想いを、無理矢理に言わせたのでは意味がないのも解っている。
自発的に言葉にしなくては、本当に変わる筈もない事だから。

――― ただ、当麻の中で、何かが動くきっかけになればいい・・・。

そう願いながらに、また、しばらく見納めになるであろう、色香漂う裸体を眺めていた。

END



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・・・なんか、S気ファンタジーってジャンルの様な気がしてきました(汗)。
これは、当麻さんが自覚するまでの3部作(予定)の真ん中なのです(別名えろ3部作)。
って、勝手な設定です。ついてきて下さいますか(笑)。

2011.12.13 UP
 by kazemiya kaori