当麻&征士 Love Valentine 2014



君のひげ。

by RIKO様






 アメリカ・ボストン。


 日本からは飛行機で何時間もかかる距離。時差だって、14時間くらいある。



 それが、征士と当麻の距離だった。







「さて」

 何度か降りたことのある空港で、荷物を抱えなおし征士は思わず笑みを浮かべてしまう。

「こっちだったか…?」

 記憶を頼りに、列車乗り場へと歩き出した。






 古き良き時代の雰囲気を残したアパートの、古くも重厚なつくりの階段をゆっくりと登り、扉の前で、大きく深呼吸をする。
 数ヶ月ぶりの……恋人の顔を思い浮かべ、その表情が笑みに変わってくれることを祈って。

 チャイムを押して、数秒。


「はぁ〜い………征士!!???」


 ほら、成功。

 眠そうな表情で扉を開けた当麻は驚いた表情を浮かべたが、そのあと、すぐに満面の笑みを浮かべて、征士を部屋へと引きずり込んだ。

「どうしたんだ、来るなら来るって言ってくれれば迎えに行ったのに!」

「お前を驚かせたくてな。それに、今日はバレンタインデーだ。日本のチョコレートが食べたいと言っていただろう?」

「覚えててくれたんだな!さすがは征士♪」

 嬉しそうな声を出した当麻は、苦しいくらいにギュウギュウと征士を抱きしめた。
 当麻の腕の中で、征士はいたずら成功の笑みを浮かべる…………が。

「それにしても、当麻…なんなのだ、この髭と伸びた髪の毛は」

 下からぐいと、顎を押し上げそこに生える髭を見る。
 そして、だらしがなく伸びている髪の毛をなんとか結んでいると思われるゴムをパチリと取り上げる。
 
「いてて…だって仕方ないだろ?研究が佳境でさ〜寝る時間だっておし………い…」

 落ちてきた前髪を押さえ頬を膨らませて文句を言っていた当麻は、征士の気迫にたじろいた表情を見せる。

 しかし、そのたじろいた表情も、今の征士には涙が出るほど嬉しくて………
 それにしても、もともと髭の薄い当麻が見て分かるほど髭を伸ばし、前髪を縛らなくては邪魔なくらい放置していたとは、いつから髪を切らずに髭も剃っていないのか。

 こんな当麻もワイルドでちょっといいかも、などと思ってしまったことは心の奥にしまい、征士は厳しい表情を作る。

「だって………」

 そんな征士の葛藤を知らずに、当麻は唇をとがらせて、しかし腕の中の征士は離さずにぶつぶつと続けている。

「当麻、とりあえず一度風呂に入ってさっぱりして来い」

 ため息をついて、征士は当麻のおでこを押しやる。
 伸びた前髪の下の、垂れた青い目が「仕方ないなぁ」と言わんばかりに微笑んでいる。その余裕のある表情が少しだけ悔しくて、指ではじくと、

「いって〜。はいはい、シャワー浴びてくるわ」

 おでこを押さえて、それでも笑みを浮かべて当麻はバスルームへと消えていった。



 相変わらず、何かに集中すると寝食を忘れるという生活をしているらしい。
 いつもは、ルームシェアをしている日本人の同居人が面倒を見てくれている(伸のようにマメなのだ)が、今回は1週間前から研究で出張をしているそうなので………

「1週間……」

 青ざめて台所を見ると…………………腐海。

「………………っ」

 腕をまくり、シンクの中の皿に手を伸ばそうとすると…


 ガタン!


 風呂場から、大きな音。

「当麻!?」

 駆け込むと、当麻が洗い場で転んでいた。
 ボストンのアパートなのだが、世界中から学生や教員があつまるので、バスルームが独立している造りの部屋が多い。ここも、そういう部屋だった。

「あはは……足、すべった」

 長い前髪をかき上げ、苦笑いを浮かべる当麻。
 下半身に申し訳程度にタオルを巻いたその姿に心臓が跳ね上がるが、そこは押さえて、




「……………はぁ」



 大きなため息をつく征士。

「征士?」

 尻餅をついたまま、当麻が征士を不思議そうに見上げている。

「そこに、座れ」

 風呂場の椅子を指して征士が言うと、大人しく指示に従う。

 その姿を満足して見つめ、スボンの裾を折ってまくり上げ、征士は膝を付いた。手には剃刀。

「動くなよ?」

 他人の髭など剃るのは初めてだが、刃物は慣れている。
 左手で当麻の頬を軽く押さえてゆっくりと無精髭を落としていく。

 当麻は少しだけにやけた笑みを浮かべながら、大人しく椅子に座り目を閉じる。
 
 息がかかるほど近くに当麻の顔を見ながら、頬が赤くなるのを押さえながら「平常心平常心」と頭の中で呪文のように唱えながら、剃刀を動かす。

 数ヶ月ぶりの当麻の顔。そして、左手に伝わるその体温。
 少しやつれただろうか……研究が佳境ということは、ここ数ヶ月まともに飲み食い睡眠を取っていないだろう。もともと、細い身体に筋が少しだけ浮き上がり……それでも、格好良い当麻。
 
 抱き付きたい衝動を抑えながら、髭を剃り終える。

「ん、こんなものだろう。あとは、自分でして出てくるのだな。私は台所を片付けている」

「ええ〜身体も洗ってくれないのか?」
 
 当麻の目は、ずぼんをまくって露わになっている征士の白いくるぶしに釘付けになっている。

「ばかもん!さっさと洗って上がって来い!」

 
 ニヤニヤと笑う当麻をひと睨みして、腐海を処理するためにキッチンへと向かう。

 



「おお〜。綺麗になったなぁ」

 征士が最後の皿を拭きあげたとほぼ同時に、当麻が風呂から上がってきた。

「まったく、台所をこんなにしておいて、私が来なかったらどうするつもりだったのだ?」

 悪態を付きながらも、征士の心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
 夢ではない等身大の当麻が、目の前にいる……。

「う〜ん……龍が帰ってくるまでこのまま?」

 タオルで頭を拭きながら、ふらふらと歩いてくる当麻は、同居人の名前を出して悪びれでも無く頷いている。
 ぺたんぺたんと足の音を立てるのも、当麻の特徴で。伸にはよく「だらしない歩き方」と怒られていたものだが。

「……………怒られるぞ」

「いつものことだから、大丈夫だって。あいつ、伸みたいで怒りながらも何だかんだ言って全部片付けてくれるから、つい頼っちゃうんだよな」

 あはは!と、当麻は無邪気な笑みを浮かべる。
 ちなみに、同居人は日本人男性だが、どうやら日本に男の恋人がいるらしく、2人の逢引(笑)にも寛大で、征士がボストンに来る時は大抵席を外してくれている、理解のある友人なのだ。



「それより……征士」

 ふと、真面目な表情になる当麻。
 先ほどの髭面からハンサムに戻った当麻の顔に見蕩れながら、征士は当麻の差し出された手に、自分の手を重ねる。

 ぐい、と、引き寄せられるままに当麻の胸に飛び込み、ボディソープの良い香りと懐かしい当麻の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「会いたかった……当麻」

 骨ばった当麻の背中に手を回して、肩口に頬を寄せる。

「ああ……俺も、さっきは白昼夢かと思った…それくらい、会いたかった」

 頬を寄せ、きつく抱きしめられると、それだけでくらくらしてくる。
 思わず当麻に縋りついて、それに気づいた当麻が微笑んで顔を覗いてくる。

「征士…顔、真っ赤」

「………………お前のせいだ。何とかしろ」

 頬を膨らませて、征士が言うと

「了解!」

 そう言って、当麻は征士に派手な音をたてて口付けし、そのまま寝室へと連れて行かれるのだった。




 ハッピーバレンタイン!


(終)


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