征士&当麻Secret Valentine 2014
● 秘密の…… ●
by スズシロさま
同居人が食器棚の中身を何度も確認している。
その事に気がついたのは二月に入ってすぐの事だった。
大学卒業後に紆余曲折があって当麻は征士と同居するようになったが、当麻の勤めていた会社が一年も経たず突如倒産し、当麻はあっという間に無職になってしまった。
国からの保障が二年はついてくるという事でゆっくり次の仕事を探す日々、興味と関心といえば再就職の事よりもこれ以上なく美しい同居人の事だった。
かつての戦いで浅からぬ因縁があった男。
日の光の匂いのする金髪に淡い色合いの瞳。古くさい口調に謹厳廉直そのものの性格。
(俺とは、合わないよなあ……)
一緒に暮らしているのにそのことを毎日思い知らされる。
征士は真面目で細かい性格で、朝は決まった時間に起き、しっかりと決まった家事と修行をし、それから仕事に出かけて毎晩決まった時刻に帰ってくる。それから自炊で夕飯を作って当麻に食べさせ、自分が風呂を焚いて綺麗な湯につかる。それから寝るのだ。
自分だったら真似は出来ないし、だらしない生活ぶりを征士に何度も注意されていた。
(何であいつと一緒に生活しているんだろう……)
毎日のようにそう思う中、何故出て行かないのかという答えは自分の中にはっきりとあった。
国が保障してくれているし、親だっているのだから、その気になれば大阪に帰る事もどこへ行く事も出来る。
自分本人が、征士から離れたくないのだった。
だが、好きな時間に寝て好きなものばかり食べる自分を征士に見とがめられる度に、そのことは口に出せなくなっていった。
そんな日々、征士が食器棚に何かを隠して、何度も中身を確認するようになった。
頃合いは冬、二月。
それが何であるかを当麻は分かっている。
(−−潮時、なんだろうな)
その日、当麻はゲームで負けていた。最近は征士と生活時間をずらして、昼間に起きだし適当にカップラーメンなどを食べ、そのあとは戦略シミュレーションゲームをやりこんでいる。
いいところまで行ったのに肝心なところで凡ミスをしてしまい、当麻は負けた。イライラするのをこらえてキッチンに行き、気分転換にコーヒーでも入れようとした時に、食器棚が目に入った。
(……)
二月十四日の事だった。恐らく、朝に征士は大切に中身を取り出して持っていって、誰かに渡している事だろう。逆チョコという奴だ。
相手は女なのか。それとも男なのか。
それを考えると胸が重く痛くなって、当麻は苦しい。
(持っていったのかな……今日は告白してしまったのか……)
そんなことを考えながら食器棚を睨む。
睨んでいるうちに、中身を見たくなった。征士が大事に隠しているものを勝手に見るなど許される事ではない。だが体が勝手に食器棚に近づいていき、扉を開けてしまう。
きちんと整頓された棚の中、目当てのものはまだそこにあった。華やかな赤に包装されたチョコレートの箱。ゴディバだった。
当麻は思わずそれを取り出した。
(どういうことだ? 今日告白するんじゃなかったのかよ?)
そう思って、征士を見るのが辛くてここ何日か生活時間をずらすような真似をしていたのだ。征士だって、食器棚の確認を何度も当麻に見られるのは嫌だろう。
(帰ってきてから、デート?)
その可能性に当麻は思い当たった。途端にどす黒い感情が心臓からこみあがってきた。止められない黒い思いが当麻全体に広がる。
(一体、誰が……あんなに征士に大事に思われて……)
男なのか女なのかも分からない相手に当麻は本気で憎悪を感じる。同時に、顔がくしゃくしゃと歪んで泣きそうになるのも止められなくなった。
(征士がこれを、相手に渡してしまったら、そのときが俺と征士の終わりだ……俺はここを出て行くしかない。征士が好きなのは俺じゃないんだし……)
潰しそうなぐらい強くチョコの箱を掴む。
(征士……!)
それから約30分後、征士はマンションに帰ってきた。ゲームをやりこみすぎて当麻は時間の感覚がおかしくなっていたのである。一応チャイムを鳴らしたが最近の常で返事がない。征士は気にせず玄関から中に入り、キッチンの方でどたばたとおかしな音がしたのに気がついた。
「……何だ?」
怪訝に思った征士は鞄もおかずに台所へ行った。そこでガサガサと猫か何かのような素早い動きで当麻が壁に駆け寄っていった。
口の周り茶色にして。
「……当麻?」
その訳の分からない光景に征士は呆気に取られてしまう。
当麻は大泣きに泣いていた。征士が一度も見た事のない表情で泣いていた。そして隠しておいたとっておきのゴディバを食っていた。
チョコと涙が混ざり合って当麻の可愛い顔は大惨事になっている。
恐らく当麻は気まずいのだろう。この状況で気まずくないという事は考えられない。逃げ場を探しているらしいが台所の出入り口に征士が立っているためどうすることも出来ないでいる。
「当麻、それは……」
とにかく状況を整理するために征士は言ってみた。
「今日、これから私がお前に渡そうと思っていたバレンタインのチョコなのだが、何故お前が先に食べてしまっているのだ?」
「……ほぇ?」
当麻は何とも表記しがたい音を発して征士を見た。
「お前に食べてもらいたいチョコだったから、食べてくれるのはありがたいのだが、そのためには私は告白をしなければならないはずだった。手続きを略してお前が勝手に食べてしまうのはありがたくない。どういうことなのだ」
「……俺に?」
上ずった声でそういう当麻に、征士は重々しく頷いた。
「はっきりしない関係を長引かせるのはお互いのためによくないと思っていてな。私の方からお前を好きだと伝えるつもりで用意したのだ。そのゴディバは」
当麻はへなへなとその場所にしゃがみこんでしまった。
征士はその前に進み出ると、自分のポケットからティッシュを取り出し酷い事になっている顔を丁寧に拭いた。
「お、俺……」
ずっと悩んでいた当麻は気が抜けきってもう何もかもがどうでもよくなっていた。だから言った。
「俺、お前が好きだ。征士。−−ずっと好きだったんだよ」
「ああ、私もお前を愛している。それでどうしてお前は勝手にチョコを食べたのだ」
やや怒っている声で征士が言う。
「お前が他の誰かにチョコをやるつもりなんだと思ってたんだ。そうしたらたまらなくなって……」
それで大体の事を征士は察した。それで苦々しく笑い、ゴディバの箱で辛うじて残っていたチョコを一つつまむと当麻の口に押し込んだ。
「私が好きなのはお前だ。何をそんなに不安がる」
「……ごめん」
そう言ってみるが口の中にチョコが入っているため変な発音になってしまう。
「私の気持ちを受け入れてくれるならば、これから恋人としてのつきあいをしたいのだが、構わないだろうか」
当麻の頬を優しく撫でながら征士が言った。
放心状態が抜けてきた当麻は赤面し、思わず征士の美しい顔を睨んだが、その顔は微笑んでいるばかり。
「他にどうしろってんだよ。俺がお前を好きで、お前も俺が好きなんだろ。−−男にゴディバなんか用意してさ」
「お前が甘党なのは分かっていたからな」
やがて優しい唇が近づいてきて、チョコでとろけた甘いキスを二人は初めて行った。
二月に入ってからの破れかぶれな気持ちを補ってあまりある甘い優しい時間が訪れる。二人の新しい始まりのバレンタイン。決して忘れられない記念日になった。
(終)
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