征士&当麻ecret Valentine 2014



● バレンタイン ●
by スズシロさま




(大体にして、これは女役がすることではなかろうか……)
 オーブンの前でチョコケーキを待ちながら征士は考え込む。当麻と暮らし始めてから数年になるが、毎年のような出来事で最早恒例行事だった。
 夕飯のテーブルの上には厚切りのビーフステーキ。それにロブスター、カニグラタン、ローストビーフに色鮮やかなサラダと征士が手をかけて作った料理がきちんとセッティングされている。
 それに当麻がバレンタインの記念に欲しがったブランドの時計も店で綺麗に包装してもらってちゃんと用意してあった。
(……女子が男子に積極的に愛を示す日に、何故に私が当麻に……?)
 彼としては自分は十分に男らしい役を遂行しているし当麻も別に女らしいとは言わないが自分に比べて頼りない役割をしているはずなのである。
 征士は大手企業勤め、次の春の辞令で責任職につくことになっている。それに対して当麻はいつまでたってもフリーター。同棲と言えば聞こえはいいが、征士のマンションに居候状態で、気が向くままに短期バイトや単発バイトを入れて遊ぶ小遣いだけ稼いでいる状態である。まだ二十代も半ば、ぎりぎりそういうことをしていても許される年齢とはいえ……。
 当然家賃も食費も征士が一方的に出している。それから何故か家事まで征士がしていた。当麻はといえば気が向いた時に自分の分の洗濯や部屋の掃除をすればいい方だ。
(……)
 征士は美しい顔を顰めて眉間に物凄い皺を寄せた。
(いかんな。本人のためにも……もう少し、生活のだらしなさを何とかさせた方が良い)
 それは今までも常々考え込んでいた事だった。
(今までクリスマスもバレンタインも誕生日も私がプレゼントを用意するばかりで当麻は何もしない。今回も何もせず努力もせずだった場合は、ここは一つ私が説教してやろう)
 そう征士が心に決めた時、玄関でチャイムが鳴った。
 征士はいかめしい表情のまま、恐らくバイトから帰って来ただろう当麻を迎えに出て行った。
「征士! ただいま!」
 元気よく明るい笑みで当麻は挨拶する。
「ああ、当麻、今日は−−」
「ハッピーバレンタイン!!」
 そう言って、当麻は高々と70円のチョコを征士の前にかざした。まるでひれ伏せとでも言うように。
「…………」
 そう、当麻は今回ばかりは手ぶらではなかった。ちゃんと征士へとチョコレートを用意してきた。チョコレートというか、森永の70円のチョコボール。しかも箱を開けて食いかけの奴を。
 意気揚々と誇り高くそれをつきつける当麻に、征士は怒るよりも先に悲しくなってきて何も言わずに玄関の中に引っ込んでしまった。
「おいっ! 征士、どうしたんだよっ!!」
 慌てて当麻が追いかける。
「見ろよ、このチョコボール! 俺こんなの……」
「もういい、当麻。お前が私とお前の関係をどう思っているのかはよく分かった」
「分かってないよ! 分かってないからそんな顔してるんだろ!」
「少しでもお前に私への愛情があると思っていた私が馬鹿だった」
「何でそうなるんだよ! 俺ちゃんとプレゼント用意したじゃないか!」
「そんな人の食べかけのものをプレゼントとはどんな育ちをしている貴様」
「だから見ろよ! こっち向けよ!!」
 寝室に一人で引きこもってしまいそうな征士を何とか押しとどめ居間のソファへと引きずっていく当麻。体格は征士の方がいいため一苦労だ。
 征士は抵抗する気力もないのかソファに座り込むとげんなりとため息をつく。
「だから! 見ろって! これ!!」
 当麻はチョコボールの蓋を開けて中を見せた。
「……何だこれは?」
「じゃーんっ! 金のエンゼル!!」
「……??」
 金のエンゼルという単語ぐらいは征士も聞いた事がある。だが、菓子全般に疎いため、甘党の当麻が何を喜んでいるのかよく分からなかった。
「だからどうした?」
「何だよ、ノリが悪いなーっ! 秀だったら大喜びしてくれるのに!」
「……私が秀でなくて悪かったな」
「卑屈な事を言うなよ!」
 当麻は慌てる。慌てつつ怒る。
「俺はまずお前に喜んで欲しかったのにさ。この金のエンゼルで、俺、やっと森永に応募出来るんだぜ!」
「応募? 何を?」
「金のエンゼル1枚に銀のエンゼル5枚で、おもちゃのカンヅメが貰えるんだよ。俺が狙っているのおでかけキョロちゃんズ缶!」
 そう言って当麻はパソコンの方へ行きネットを検索して森永のチョコボールのページを見せた。
「……ほう、なるほど……」
征士は当麻が楽しそうにおもちゃのカンヅメについて話し込むのを見てついつい身を乗り出しホームページを見る。
「なーっ? 可愛いだろーっ? キョロちゃん! 俺これが欲しくてずっと狙っていてさー!」
「……」
 ようやく応募が出来るというわけで当麻はテンションが果てしなく高くなっており征士がむしゃぶりつきたくなるような眩しい笑顔をふりまきまくる。瞳がきらめき頬が紅潮し文句なく可愛い。
 それを見ていると当麻がそんなに喜んでくれるのならチョコボールでもいいかと征士は許したくなった。
「それでこれの確率は何倍ぐらいなのだ」
 当麻から受け取った食べかけのチョコボールを見つめながら征士は聞いてみた。
「……へ?」
「当麻、この銀のエンゼルと金のエンゼルを集めるために、お前はどれぐらいチョコボールを食べたのだ?」
「……え、それは……」
 当麻は目を逸らしつつへらへらと薄い笑いを浮かべる。
「当麻?」
「えっと、それはですねー……俺一人で食べていた訳じゃなくて……バイト先の女の子とかにも協力してもらって……」
 身振り手振りを交えつつ先ほどとは違う引きつった笑みで当麻は何とか誤魔化そうとする。
 征士は立ち上がり、腰に両手を置き、大きく深呼吸をすると当麻に向かった。
「この馬鹿者!!!」
 思い切り怒鳴りつける。
「このチョコボールは私が没収する。お前はしばらく菓子禁止! 金のエンゼルを返して欲しければ三食きっちり玄米と野菜を食え!!」
「えーっそれはないよ征士っ!!」
「お前を思っての事だ!!」
 何とか金のエンゼルを取り返そうと征士の腕に縋る当麻。それを振り払ってデコピンする征士。
「征士愛してるっ!」
 そこを何とかとあざといポーズでくどき文句を言う当麻。
「そんなものに誤魔化されるか!」
 うろたえながらも征士は金のエンゼルを死守。
「何だよ、俺にとってこんなハッピーバレンタインはないと思っていたのに!」
 そこでまた征士は盛大なため息をつくのだった。
「バレンタインならキョロちゃんとではなく、今これから私とすればいいだろう。何だ私はチョコボール以下か?」
 すると当麻は嘆くのをやめて征士に体を寄り添わせてきた。
「……俺とのバレンタイン、楽しみにしていた?」
「当たり前だろう」
 当然のように征士が答えると、当麻はその首に両腕を回して抱きついた。そして当然のようにキスをする。
「これでいい?」
「馬鹿者」
 今度は征士の方から当麻を抱き締めキスをする。
「今夜はまだまだこれからだ」
 

(終)



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