■ 看病紀行   意外と頻繁に会っているんだよ








期末試験も終わると授業は午前中だけになり。
午後からは部活動の時間になる。


さっそくに道場に向かうべく、一階の玄関近くの廊下を歩いていると。
ふと、備え付けの公衆電話が目に入った。


――― 当麻………


何とはなしに浮かぶ、愛し人の顔。
虫の知らせというものか、妙に気にかかり。
覚えている06から始まる番号を押した。


他生徒から、珍しそうに見られる事は分かっていたが、気になどしていられない。


何度か呼び出し音がなり。
普通であれば、留守番電話になるであろう時間帯。
なんとメッセージを残そうか考えていると、掠れた声で「はい」と返ってきた。


「風邪か、当麻…」


いつもと違う声だが、間違える筈がない。


「征士?」


週末の夜9時前後に連絡をする相手からの電話に、驚いた声で名を呼ばれた。
一方で征士は、在宅に驚くというよりも、自分の感が正しかった事が嬉しかった。
まあ、風邪と知っては、手放しでは喜べないが。


「医者には行ったのか?」


咳き込みながらの返事は、NOだ。
自分の事となると面倒くさがるのは、当麻のよくない所だ。


「今からでも行った方がいいのではないか?」


重ねて言うと。


「それがさぁ、熱が上がってきてしんどくてさ・・・行って帰ってくる自信がない」


こんな時は。
もう高校生とはいえ、放っておきっぱなしの両親を、恨めしく思ってしまう。
そして、すぐに駆けつけられない自分が、もどかしく、腹立たしい。


「大丈夫か?」


大丈夫ではないと分かりながら。
大丈夫だと言って欲しくて、自分のために聞いてしまう月並みな台詞。


「だめだわ〜看病してくれ、征士」と笑いながらの答を耳にして。


征士は、腕時計に目を落とした。








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「暖かくして、大人しく寝ていろ」


優しい声を耳に残してから、電話は切れた。


――― 言われなくても、そうするって。


短い会話だったけれど。
具合の悪い時の予期せぬ電話は、嬉しかった。


でも、無理を承知で、冗談めかして『看病してくれ』と言ったのは。
体調不良からの甘えというよりは。
この前のお小言への、意趣返しだ。


ふらりと仙台に行った日が、たまたま水曜日で。
征士に、学校はどうしたのだっと、説教を喰らった。


――― しかも、小言をいいながらに、スル事はスルんだから…。


だから、木曜日の今日、絶対に来れないのを分かっていて、困らせたかったのだ。
惚れた相手の我がままを聞いてやれないって、少しは悔しがればいい。




そんな想像を楽しみながら。

なんでだか、自分の異変を感じ取ったであろう征士。
離れていても…、どこかで繋がっている。
偶然にしては、出来過ぎた事実。

そんな柔らかい気持ちを抱いて。
熱に取り込まれるように、眠りに落ちた。

















何時間眠ったのだろうか?


明るかった部屋はすっかり闇に包まれて。
玄関の方でする物音で、目を覚ました。


――― あ・・・


最初は、玄関閉め忘れてて、泥棒か?との考えもよぎったが。
すぐに、知った気配である事に、安堵し。
そして、驚いた。


昼間に、600km先から電話をかけてきたヤツの、気配。
学校を休むなと、サボるなと叱る人間、伊達征士。


「看病してくれと言われたので、来たぞ」


と言いながらに、寝室に入ってきて。
手には、コンビニか薬局で買ってきただろう食べ物と薬が入ったビニール袋。


「お前・・・今日、木曜日だぞ」


起き上がろうとするのを、手で制しながら近づき。
額に手のひらを当てて、熱を測る。

――― ひんやりして、気持ちいい・・・

目をつぶる当麻を、見下ろしながら。
その熱さに、征士は顔を顰めて。


「期末試験も終わったし。大会もない。何より…」


弱って、甘えるように言われた事―たぶん本音―を、叶えずにはいられない。
それを告げると、ムキになって否定しそうだから、言葉を切って呑み込む。


かわりに。
風邪がうつる事などないと確信している征士は、遠慮なく口づけて。


「心配だったのだ。こちらは問題ないから、安心しろ」


笑って答えから。
勝手知ったるで、頭を冷やすためのものを探しに台所へ消えていった。


――― 自分勝手なヤツ


しばらく会わなくても。離れていても。顔を見た瞬間に。
「いつもの調子」になる関係を、不思議に思いつつも。
それが、心地よくて。

部屋を出る征士の姿を見送ってから。。
熱で乾いた瞳を労わるために、そっと閉じて。
安心して過ごせる時間を手に入れた事を確信して、もう一度寝ることにした。




END  


    ■ 征当倉庫 TOP  

いやいや、安心して過ごせないし、眠れないから!(笑)
ちなみに、鍵は『待ちぼうけ事件(未UP)』以来、征士も持っています。

2012.01.17 UP
 by kazemiya kaori