■ エクリプス … solar eclipse 2012.05.21 in tokyo
「征士、起きろよ」
寝坊助の称号を掲げて辞さない当麻が、征士を起こす。
あり得ないような事が起きた朝。
――― 金環食か
目覚めの良い征士は、すっと起き上がり。
当麻の唇におはようのキスをして。
昨夜『早起きだからシナイ』と言われた事を思い出し。
今夜は・・・と思いながらに、着替え始める。
時刻は5時40分。楽しみにし過ぎて早々と目が覚めたのだろう。
不惑も近い年齢だというのに、幼さが見え隠れする当麻を可愛いと思ってしまう。
自分が起こされるなんて珍しい事は、金環食に匹敵する。
快晴の空が、一転大雨に変わりそうで、征士はふっと笑みを洩らした。
パンにコーヒー、フルーツサラダの簡単な朝食をさっと用意して、トレーに乗せてベランダに出ると。
当麻が昨日の内にセッティングしたテーブルを拭いていた。
もちろん、日蝕専用の眼鏡も二つ用意されている。
東南角部屋・最上階に住んでいる特権で、金環日蝕を観察しながらのモーニング。
しかし、実際は。
6時19分に蝕が始まると、当麻の右手はそっちに夢中で食べるのが止まっている。
そもそも食べながら何かするというのは、征士は著しく気に入らないのだが。
何十年に一度だからと言われれば・・・愛しい人に言われれば、甘くもなるというものだ。
だから、先に食べ終わった征士が。
手にパンやら、コーヒーやらを言われるがままに渡して世話を焼く。
時折、黒い眼鏡をあてて太陽の欠ける様子を見ながら。
当麻の昨日のレクチャーを思い出す。
日蝕が起きるのは。
太陽が月の約400倍の直径をもち、月の約400倍遠くにあるから。
偶然が見せてくれる自然の、宇宙の、不思議。
『そりゃ、観ないと失礼ってもんだろう』と、はしゃぐように言っていた。
そこで征士が思うのは―――。
歴史に残る昔からあった天体の運行による現象。
だが、例え無かったとしても、生きていく上で困る事はなかっただろう。
寧ろ、予言だのなんだのと、面倒な事も避けられたはず。
現代においては、皆が待ち望む素晴らしい事となってはいるが。
偶然。偶然なのに―――惹きつけて止まない。
それ故に、必然となる。
もう、20年以上共にある大切な存在と、どうしても重ねてしまう。
――― 当麻。
出会いも、恋をした事も、その後生涯を誓った事も。
偶然が積み重なったものかもしれないが。
もう今は無くてはならない、必然の人。
――― いや、昔から、出会った時からだ・・・。
普段、当麻との関係について、思い廻らせる事は少なくなったが。
こうした大きな自然の現象を目の辺りにすると。
どうしてもその偶然に、感謝したくなるのだ。
私は幸せだ。と。
「お前さぁ。金環見て結婚指輪とか言うなよ」
当麻は、太陽から視線を逸らさずに言葉を投げる。
3年前に、バングラディシュへ皆既日食を観に行った時。
ダイヤモンドリングが出現すると、『婚約指輪だ』とかいい放った男がいたのだ。
――― 恥ずかしいヤツ。
でも実は、言われるのが恥ずかしいからではなく。
そんな台詞をイヤではなく、むしろ嬉しいと感じる自分が恥ずかしいのだ。
だから、最大蝕:金環になる前に釘を刺す。
「言ってもいいが…結婚指輪となると」
空に夢中で、こちらを見もしない当麻の左手を取り。
その薬指の付け根に唇を寄せ、吸い上げる。
「今回のように目に見えないもの。滅多に現れないのも困る」
当麻が少し濃紅の跡がついた指に気づくのは少し先。
「おっ、今、今、第2接触(月縁が太陽の輪郭の内部に完全に含まる状態)になった!なった!!」
指の事など、気にする風もなく、トーンの高い声が上がる。
興奮した声に「本当だな」と応えながら。
約5分間の天体ショーを楽しむ。
偶然の必然を有難いと実感しながらに、最愛の人と楽しむのだ。
END
晴れるとイイですねぇ。
2012.05.07 UP
by kazemiya kaori