過ぎたるは






午後一番の打ち合わせを終えて自席に戻り、携帯を見ると知らない番号からの着信履歴が残っていた。
留守録があるとアイコンが光っている。
慣れた手つきで操作しメッセージを再生させると、当麻の耳に信じられない内容が流れてきた。


「株式会社カナイの総務部富田です。弊社社員である伊達征士さんの緊急連絡先に書かれていた番号に電話しております。伊達さんが本日午後13時頃、港区中央総合病院に緊急搬送されました」


一瞬で血の気が引いた。

録音された時間は、ちょうど自分が打ち合わせに入った直後。
既に2時間が経過している。

---まさか

すぐに様態を知りたかったが、征士の会社に連絡しても。
個人情報保護などで、状況は教えてもらえないだろう。



当麻は携帯と財布、鍵を確認して。
『早退するわ。家族が倒れた』
そう隣の同僚に声をかけて、席を立つと。
1分後にはタクシーに飛び乗っていた。


運転手に、早口で行き先を告げる。
一刻も早く到着したと思うのに、車は少しずつしか進まない。
焦る気持ちを紛らわせようと、車内で征士のことを思い出す。



今朝は………実は征士の顔を見ていない。
フレックス出勤の当麻は、9時過ぎまで眠っていて。
定時出勤(しかも早め)の征士は、先に家を出ていた。
出かける前に征士は目覚ましのなる時間をチェックしてくれていて。
今朝もいつも通りに鳴り響き、目が覚めたのだ。

だから。
いつもと同じだと思っていた。
いつもと同じように、一日が過ぎるのだと思い込んでいた。


---何があったんだ…征士


握ったままの拳が、いやに冷たい。
早く、早く、早く病院につけばいいのに。



タクシーは信号を右折してから、幹線道路に入りやっと流れ出した。
あと15分ぐらいだろうか。



時々変則的に打つ心音を、紛らわせようと。
昨夜の征士を思い出そうとする。
今朝の様子はわからないけれど、昨日のことなら思い出せる。



昨夜は確か…10時過ぎに征士が帰ってきた。
この2週間ほどはずっと忙しく土日も出社している状態で、平日でも午前様になる日があるほどだった。
この時間の帰宅なら、最近では早い方だと言えた。
だから、久しぶりに――10日ぶりぐらいシた。
ずっと触れられていなくて、寂しくて悶々としていたこともあって。
征士もまんざらじゃなかったのか、甘いキスを返してくれて…。



「着きましたよ」

運転手の声に現実に戻る。

表示された金額よりも多めの札を渡して、釣りを受け取らないままに受付に向かう。
カウンターで告げられていたフロアが集中治療室ではないと知り、重症ではないのだと胸を撫でおろしつつ。
5階の東側廊下の奥にある個室に、その長身を滑り込ませた。


「征士」


病室のベッドにいる人間はこんな顔色をしている、と認識させられる蒼白さ……。
整いすぎた鼻梁の作る影が、いやにハッキリと見えて悲しくなる。


「征士?なんで?どうして?」


点滴の繋がれた身体は痛々しくて。
ピクリとも動かない姿が、生を匂わせないから。
そっと手のひらを握り、体温を確かめてしまう。



ほんのりと、温かい…。

良かった。生きてる。



動きを止めていた肺から、息を吐きだす。
すると、コンコンとノックの音が聞こえて。
新しい輸液に換えていた看護師が、「失礼します」と入ってきた。

「何かの病気ですか?」

すかさず、尋ねると。

「過労だそうです。眠っているので静かにしてください」

質問に対し、そっけなく言い残して出ていった。



―― 過労………



ゆっくりと閉まる扉を眺めながら。
最近の征士の忙殺ぶりを思い起こし。
真面目過ぎる性格のせいだと、納得するも。
言わずにはいられない。


「こんなになるまで、働くなよ」


いつの間にか両手で握っていた征士の手の甲に。
もうこんなことが起きないようにと、祈る気持ちで額を押し付けた。


と。


ゴッ!!!!


「いてっ」


当麻の後頭部に頭蓋が割れるような刺激が走った。


慌てて、顔を上げると。
握られていないほうの拳を振り上げた征士が目に映った。


「目が覚めたのか征士?良かっ」


ゴッ!!!!


「貴様のせいで……」


「俺のせい?え?なんでっ」


「昨夜の狼藉のせいだ!」







そう、昨夜は。

帰宅時間がいつもより早かったから、征士を誘った。

仕方がないという風に、優しくキスを返してくれた唇に。

久しぶりに触れられた、その白い肌に。

ひじの内側に浮かび上がった、青い脈に。

尖るように、淫らな色を放つ胸先に。

のめり込んで貪る。

十分に躰を愛で。

それから、繋げた。

近頃は、量より質。

歳を重ねてせいもあって、達するまでを永く楽しむというか。

そのギリギリのラインで征士を感じさせてるのが、好みなのだ。

「も……いい加減に…離れろ」

「まだイってないだろ?」

ぬちぬちと中で動かせば。

口とは反対にナカでは離れたくないと言わんばかりに。

まとわり絡みついてきて。

ずっと感じていたいほどに、イイ…。

「もうちょっと、もうちょっとだけ」

「この…ばか…とう…ま…」


最後には。

文字通りに精も根も尽きて。

征士はそのまま夢の世界にうずもれていった。






「あ…………あれが……原因……」


ゴッ!!!!


「体力が落ちているというのに、ねちねちと!」

「久しぶりだったから、つい……」


ゴッ!!!!


三度四度と殴られても。

微笑みが消えなかったのは、マゾだからじゃない。

ヤバい病気ではないと、安心したからだ。

それと同時に、これ以上殴られないように。

当麻は謝る。


「ごめんってば、征士。
ホントにすみません。
もうしません。
いや、スルけど、もうちょっと考えます。
な、これから気をつけるから。
ちゃんと。真剣に。
もう許してください」



廊下にまでこぼれ聞こえた謝罪の声。

ただし、そこにはこれ以上殴る音は混じらなかった。




END





ヤリスギチュウイ!!!(にやにや


ずっとヤッてるうちの二人なら、
いつかこんな事があると思ったのでした(笑


2017.08.03

kazemiya kaori



 当征TOPへ戻る