Shave



当麻が目をさました時、部屋は薄暗かった。
まだ半分しか開いていない垂れた目で時計をみれば、5時を過ぎていると教えてくれる。
帰ってきて倒れるように眠りについた時間が朝の8時ぐらいだったから、都合9時間は眠っていた計算になる。

そのあいだに一度も目を覚まさなかったのは、疲れきっている証拠だ。
なぜ変な時間に眠っていたのか。
生活時間帯がこんなに乱れてしまっているのは、ズバリ仕事のせい。

海外の研究所相手でもそれなりに調整すればいいのだし、普段はそうしている。
しかし、今回は自分一人ではなく数人でのプロジェクトだったし、更にその論文の締め切りが日本時間の今朝7時だったのだから仕方がない。
なかなか書き上がらず研究所に泊まり込み続き、今朝やっと解放されて5日ぶりの帰宅だった。


よく寝たと。
満足気にふわぁとあくびをしてから起き上がり、のろのろとバスルームに向かう。
5日ぶりの我が家でのシャワー。
熱い湯で眠気の残滓が流されていく。

体を洗うために手にした昔ながらの固形石鹸は、数日前より少し小さくなっていて。
その石鹸を愛用している恋人がいつもと変わらない時間を過ごしているのを知ると、嬉しく思ってしまう。

早く会いたい。
彼の帰宅時間が待ち遠しい。
時々こんな風に留守にする自分のことを、彼も逢いたいと思ってくれているのだろうか?


石鹸を泡立てると、体より先に頬と顎にその泡をつける。
ゆっくりと髭を剃る時間もなかった缶詰生活で、無精ひげがかなり伸びているのだ。
剃刀の刃を当てて、丁寧に泡と髭を落としていく。



若い頃は面倒でしかなかったこの作業が、今は楽しくて仕方がない――。






あの夜も、似たような状況だった。

立て込んでいた仕事がやっと一段落して、実に一週間ぶりに家に帰ってきた日。
当麻は昼過ぎに仮眠から起きてシャワーを浴び、征士が帰ってくるのを食事の準備をして待っていた。
いつもと変わらない時間に帰宅した征士を、玄関まで迎えに行く。
彼の姿を捉えた瞬間に思う。
ああ、やっぱり、惚れてるなぁ―――。
久しぶりにまともに見た征士を、そのまま寝室に連れ込んだ。

仕事から帰った征士は、もちろん腹が減っていただろう。
そして、起きてから何も口にしていなかった当麻も、空腹だった。
でも。
食欲よりも先に満たしたい欲が先行してしまって。
今さっき自分が作った食事よりも、七日ぶりに目にした征士の方が確実に美味そうなのだから仕方がない。

後は無言で、貪るだけだ。

逢えなくて飢えていた彼の空白(ふうふく)をうめるように。

征士は――
欲をわかせるアペリティフで。
眼で香りで楽しませてくれるアントレで。
血肉を躍らせるメインで。
甘く優しいデザートなのだ。

全てが満たされる行為にのめり込んでいく。

そのさなか。

「うぁはっ」
聞き慣れない上擦り濡れた声があがる。
―――今、何したっけ?
熱く蕩ける征士の中で蠢きながら、胸元に唇を寄せて…。
いつもとの違いと言えば。
舌よりも先に、無精にも伸びてしまった髭が掠ったことだろう、か?
確かめようと、わざと唇を浮かせて細い髭の毛先だけで赤い突起を愛撫すると。
「あぁぁっっ…」と感じきった声と共に、征士の身体の奥が狭く絡みついてきた。
そうと分かれば、そうしない手はない。
不揃いな髭の先端で乳首を何度も嬲ってやると。
その度に身体をがくがくさせて、征士の快感が深まっていく。
仰け反った喉からは、もう声も息もまともに出来ていないぐらいだ。
一方の当麻も。中に居るだけで達しそうで、ゆっくりとした下肢を動かせない。
快楽の坩堝に嵌った二人の我慢比べ。
後は、どちらが限界を迎えるか時間の問題だった。


夢中になり。
そのまま眠ってしまったらしい。
気づいた時は、朝になっていた。
おぼろげな昨夜の最後を思い出していると。
隣で悲鳴が上がった。

「どうした?大丈夫か?」
「大丈夫ではない!!」
「何が?」
「…胸が……」

起き上がる時にシーツで擦れた時に、尋常でない痛みを感じたという。
見てみれば。
確かに乳首の色が痛々しい赤い色になり、その周囲も赤く変わっていた。
「ごめん」
調子に乗り過ぎたと謝ったが。
真っ赤になった征士が、チキンと剃らないのならばもうしないとキレた。


夜を共にするようになって、随分と時間が経つが。
征士からこうして欲しいとかこうして欲しくないと、あまり言われた記憶がない。
それだけ、相性がいいのだと思っていたのだが。
これほどはっきりと禁止を言われたのが、珍しいやら面白いやら可愛いやらで…。


それ以来、どんな時でも、望まれるままにしっかりと当麻は髭を剃っているのだ。


だから。
髭を剃る。
ただそれだけのことが。
こんなにも、楽しい。

毎回。
薔薇よりも赤くなって怒っていた征士を愛おしく思い出せるし。
そして。
髭さえ剃っていれば、とりあえずOKなのだから。





髭を剃り終え、身体を洗いはじめながら。
征士が帰ってきた時のことを、にやにやしながら想像する。

彼の手を取って、自分の頬に持っていくのだ。
『今日もちゃんときれいに剃ってあるだろう?』
この言葉は口に出さなくても伝わるはず。

そして、それが何を意味しているのかも分かるはずだ―――。




END





にやけならが髭を楽しそうにお手入れする当麻さんのお話w

10月に間に合わなかったぁぁぁ!!
でもでも当麻さん、お誕生日おめでとうございますっっ!!!

2016.10.31 と 10時間後☆

kazemiya kaori



 当征TOPへ戻る