En premier nuit




なんで結婚する事になったのだろう………。


征士は真新しい用紙に署名しながら、ふと思った。
仮にも。
終生を伴にすると公に誓う書面だ。
軽々しく行うべきではないと、分かっている。


日本において、同性婚が認められ施行されたのが先月の話。
『なぁ、折角だし、結婚しとかない?』
一緒に暮らしている男から、もののついでのように告げられた。
世の一般的な女性ならば、こんなプロポーズは怒り狂うだろう。
でも自分も『まぁ、そうだな』と、結婚の承諾としてはヌルイ返事をしたのだからお互い様だと思っている。


征士の返事をきいた相手は、早速に届出用紙をもらってきて。
会社から帰ってくると、一番にペンと共に差し出したのだった。
既に紙の半分には、『羽柴当麻』の記入が済ませてある。



続きを記入しながら。
テーブルの真向かいで待っている相手に、『まぁ、そうだな』と答えた理由を考える……。


十代半ばに知り合い、その時から命を賭して戦った仲間であった。
ある種の信頼は心を許せるという気安さ連れてきて、同じ空間で息をするのが苦ではなかった。
十代の終わり大学生になると、何故か恋人同士のまねごともした。
セックスを絡めた関係になり、毎日毎日顔を見て暮らしていた。
互いに距離の取り方を模索していた雰囲気を纏いながらに、4年が過ぎた。
社会人になり当麻が海外に居を構えると、自然と離れてしまった。
連絡を取ったり取らなかったり、会ったり会わなかったりして二十代を過ごし。
海外から帰って来た当麻が、征士のマンションに居るようになったのが三十に過ぎてからだった。
それが現在まで、約五年も続いている。
時折セックスをしたり、誕生日にはプレゼントがあったりもするので。
ただの友人ではないという関係だと、互いに思っては、いる。
一方で、何かの約束がある訳でもないから、束縛等もある筈がなく。
時間も行動も自由がきくので楽である。

20年の付き合いになる相手との経緯を思い返して、妥当だと感じたからだ。
ずっと一緒に居た訳ではないのだが、なんやかんやと過した年月は親兄弟と違わない程に長い。
その経験から、これからも暮らしていくのに特別な問題は無いように思われたからだ。


しかも。
三十後半にもなり、妻を娶らずに男と暮らしているのだから。
公言せずとも、家族からも世間からも、自分は同性愛者だと思われている。
どちらかといえばノーマルなつもりだったのだが。
一緒に居るのが楽な相手というのが同性である当麻だったのだから仕方あるまい。
と、征士は開き直っている状態だ。

だから、実際に籍を入れようが入れまいが、関係ないのだ。

そんな理由もあって。

――― ヤツの提言を受け入れたのだ。



署名し終わると、当麻はすぐに役所に持っていった。
男女の婚姻届け同様、必要書類がそろっていれば役所は24時間受け付けてくれる。

「ちゃんと届け出して来たから」

夜遅くに戻り、そう言った当麻の顔はちょっと嬉しそうで。
まあ、互いに独り寂しい老後ではなくなったことからの安心からだろう、と思った。



ただ単に。

紙切れを一枚書いただけで。

何も、変わらない筈だった。

そう、思っていた。



でも。



勝手が違ったのは、その後からだった―――。








「新婚初夜ってことで」

と言いながら、当麻が征士の寝室に入ってきて。
眠りに就こうとしていた身体に覆い被さってきた。

互いに別々の部屋で眠っている同居同棲生活では、セックスをしたい時には互いの部屋を訊ねるのだが。
当麻が征士の部屋にやってくることが圧倒的に多かった。

―――まぁ、何時ものことだ……

だからといって。
毎回、受け入れるわけではない。
気が乗らない時も、とても疲れている時もある。

「眠いのだが………」

暗に、明日にしろと低めの声を発したが。
「最初が肝心だから」と訳の分からない台詞で、服を剥ぎ取られた。


征士が抵抗しなかったのは。
いつもであれば小一時間もすれば終わる行為だからだ。

大抵は。
合図の様なキスを一度交わして、互いの性器へ刺激を与え合いそのまま射精に至る。
たまにではあるが、当麻が望めば征士と深くつながる時もある。
どちらにしても、濃厚な交わりではなく。
寧ろ、あっさりとした何かしらのスポーツでもしている感覚に近かった。

男性にアンケートした一般的な結果では。
セックスにおける意義を、約7割が愛情を確かめる、コミュニケーションを深めると云った回答であったのに対し。
残りの3割は、性欲処理・娯楽・スポーツ感覚だと答えている。

征士にとって、当麻との行為は後者に近しいと思っていたし、当麻にとっても同じだと思い込んでいた。
お互いに素肌を晒せるほどの『親密さ』はあるが、生理欲求には情を纏わりつかせない『淡麗さ』がある。
この程良い距離感が、長く続いた要因だろうとさえおもっていたのだ。
――― さっさと済ませれば、早く眠れる
そんな打算が、征士はあったのだ。



しかして、実際には。


「記念日だから、丁寧にするな……」


当麻が、有言実行するように。
肌の細胞一つ一つにキスするように、丁寧な愛撫を耳元から首筋へと優しく触れてくる。

――― こんな触れ方などされた事は無かったな………

珍しい事もあるものだと、思ったそばから。
じんわりとした暖かい波が、脳髄へと集まっていくような不思議な感覚に包まれる。

――― ?


征士が知っている今までの快楽とは、違う物を与えられている不安が沸いてくる。
感じたことのないじれったいような、切なくなるような、口づけの雨を鎖骨に降らされ。
赤く色づく場所が増えるのと同じくして、征士の中に甘い痺れと戸惑いが広がる。


実は。
征士は、自分では冷感症に近いと思っている。
指や口で触れられれば、それなりに気持ち良くもなり射精もあるが。
世の知識から得るような達成感や満足感などは薄いように思われたし。
その所為か、性交に関してあまり積極的になろうと思ったこともなかった。
十代の頃、当麻から『中で出してみたい』と言われ、何となくその要望を飲んだが。
『そういった欲求がないのか?』と尋ねられた時、『ない』と即答出来たほどだった。
気づいているのかいないのは分からないが――当麻と事に及んでも深く追求されない。その意味でも楽であったのだ。


感じにくい体質であろう自分が。
鳥肌が立つほどに、何かを感じている。


今までとは異なる感覚。


胸元まで降りてきた舌先が、乳首を捉えて軽くつつかれると。
「っん」と声を上げてしまうほどだ。
今までの知っている快感とは、質が違う。
身体の奥から熱く流れ始める濁流は、官能ともいうべきか。

ちゅうと胸元を吸われると。
「ぁ……ぁ……っ……」と、甘えた吐息が征士から漏れる。

気をよくしただろう当麻が、舌で転がしてから何度も吸いあげると。
それだけで、目が開けていられなくなる。


「征士はさ…自分が思っているより敏感だよ」


――― そうなの…だろう…か?……


胸に気を取られていると。
身体の奥に、長い指が入り込もうとしている。
いつもなら解すように幾度が動かすだけなのに。
今日は、中を調べるように探るように、丹念に動きまわる。

「…………ぅ…ぅあ……ぁ…………」

柔らかい粘膜のどこかを、圧されると。
むずりとなる快感が、背筋を昇っていく。
同じ場所をくすぐられる感覚に、意志とは関係なく身体が震え始め。
腰と腹が跳ねるように、何かを求める。
自然と呼吸が浅くなってきて。
苦しくなれば、思考も鈍りはじめる。

「も……よせ。早く…挿れろ」

「嬉しいお誘いだけど、今日はもうちょっと時間をかけたいんだよね」

掻き回すように動く指先が、征士を追い詰めてながら。
胸元に遊ぶ手が、硬くなった薄紅の突起を摘み軽く擦る。

「……ぁぁあ………ん……っあ………」

上からも下からも、同時に与えられる快感に翻弄され始める。
もっとして欲しい様な、止めて欲しい様な。
胸の奥が苦しくなり、どうにかして欲しいと思ってしまう。
自分の内側が熱くて、当麻の存在を欲しいと思ってしまう。


―― 何かが……おかしくなっていく……







上気した身体と泪に濡れる瞳。
嬌声とも喘ぎ声ともとれる音が掠れてきてから。
やっと。
我慢の限界になった当麻が征士の腰を掴んで脚を深く抱えてから。
指のかわりに自分自身を侵入させる。

「……んんんっっああああっっ」

内粘膜を質量に圧されて漏れる声は、切なくなるほどに甘く掠れて。
当麻の欲をますます昂らせる。

すぐにでも逝ってしまいそうになる、中の熱さと狭さ。
それでも、十代のガキでは無いのだからだと耐えて。
もっと、深く征士を感じようと、激しく突き上げ続ける。


「……ぁぁ……よ…せ……っむ……り…………」


身体から力が抜けてしまい、感じきっている征士。
何を言っているか、もう分かっていないだろう……。


「乱れちゃうのをさ、俺に見られるのが嫌なんだろ?
知っていたから、今日まで我慢してただけ。
下手して逃げられるのが、ヤだったんだ。
ほら、結婚したじゃん。
もう、大丈夫かなぁって」


荒くなる呼吸を何とか整えながら。
今日の今日まで秘めていた想いを、当麻が口にする。


「愛してるよ、征士」


同性結婚が認められるまで、ずっと待っていたのを征士は知らない。
当麻は、征士が嫌がるだろう事を極力避けて。
それでも、虎視眈々と狙い続け。
この瞬間まで、隠して来たのだ。
やっと―――当麻の望みが叶う。



「明日、ダブルベッド買いに行こうぜ」

楽しいラブライフ宣言をしていると。

敏感になり過ぎた征士の内側が、限界だと強く収縮し始める。
絞りとられそうになる感覚に眩暈を覚えながらも。
最奥壁を擦り引っ掻くように下肢を動かし、絶頂へと向かい。
腕の中で仰け反り感じて啼く征士を、強く抱きしめてから。
口づけを贈って、最後の瞬間を迎えた―――。




END




En premier nuit―――初夜って意味です^^

「結婚したとたんに丁寧になるセックス」っていいかなぁって思ったのでした。
初夜萌え(病)

ホントウニ アホデ スミマセン ☆


2013.11.29



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