もう 二度と はなさい




激しい光が、薄暗い空を焼く。

白い輝きは黄色からオレンジへと変化し、灰色の空間に収束される―――。

捜索に出ている当麻は、眼を細めながら光った方角に足を速める。
光源は小高い岩場に遮られ見えないが、そこに征士がいると確信できた。
あの光は雷光斬のものに違いないのだ。

再び空は暗くなった。ど
んなに鮮烈な光でも、一瞬を過ぎれば消えてしまう。
澱んだ亜空になんの変化も起こせないと言われているようで、嫌な予感が脳裏をかすめた。







今日の戦局は悪くなかった。

妖邪界の懐深くまで、最短最速で、しかも五人がばらばらにならずに進攻できた――はずだったのに。
撤退していく敵兵を深追いしたのか、他の理由があるのか、光輪の名をいただく者だけが自陣に戻ってこなかった。

征士と同じく先鋒役をしていた秀は、自分の左手側に征士がいたという。
その情報をたよりに、当麻は即座に探しに出た。
本来、陣にいて探索の結果を待つべきだろう役目なのに、捜索に名乗り出たのは居ても立ってもいられなかったからだ。
後方にいたから一番体力が残っていると仲間に言い放ち、矢のように飛びだしてしまった。


焦りが湧き上がるのに、石と岩に足を取られ思うように進めないのがもどかしい。
征士は強い、そう信じているのに嫌な予感は消えてくれない。
必死に走れば胸の鼓動が相殺されるという錯覚に甘えるように、当麻はただひたすらに足を動かした。


小高い岩場をやっと登りきると、少し先にフォークで切りとられたような断崖と敵の兵が見えた。
数は一ダースほどで、絶壁まで追い詰めた何かを取り囲むようにしている。
取り囲まれている何かは見えないが――間違いなく征士だろう。

岩場を転がるような勢いで走り下り、断崖へと向かう。
途中、倒された妖邪があちらこちらに相当数倒れているのが目に入る。
力任せにどのぐらいの数を相手にしたのか、なぜそんな状況になったのか。
走っている以外の理由で息が苦しくなってくる。
征士の前にいる兵の数は、発見した時から減っていない。
いつもの彼であれば倒せているだろう敵数なのに…どれほど負傷しているのか。

五十メートルを切ったあたりから、無駄かもしれないと思いながらも矢を絞る。
己に気づいた兵の意識が少しでも征士から逸れれば、当たらなくとも意味はある。
一人でも二人でも、こちらに引きつけたかった。
その意図を知ってか知らずか、当麻の存在に気づき近寄ってくる兵に、矢を浴びせかける。
縮まる距離に比例して、次々と矢が当たり妖邪の数は減っていく…。

そうして出来た敵の壁の隙間から、緑の鎧が見えた。

「征士!!!」

そこに征士がいる。立っている。まだ、生きている。

全ての敵が自分に向かわないのは、まだ生きているからだ。
接近戦は不利と分かりながら、片手程の数に減った敵の中に割って入り、殴り飛ばし射殺す。
冷静さを欠いていると分かっているが、どうしようもない。
今の自分は軍師などではない
。絶対に助ける。
その思いだけが身体を動かしているのだ。

敵は残り三人。
一人が自分に向かい、二人は征士と対峙している。
疲れ負傷している彼から、確実に仕留めようというのか。
当麻は向かい来る敵の眉間を兜ごと射ぬき倒すと、征士も一人目を地に這わせたところだった。
見れば、征士は崖の際まで追い詰められている。

危ない―――。

当麻はすぐに矢を番え、最後の兵を狙う。
矢は、素早く真っ直ぐに飛び、敵の心臓の真裏に突き刺さった――これで終わるはずだった。
だがその妖邪兵は、征士に体当たりするように前に倒れ。
地面の無い場所に落ちて行こうとしている、いや征士を断崖へ連れ落とそうとしている。
その意図に気づき、当麻は必死で駆け寄った。

目の前のことが、嫌にゆっくりと見える。

落ちていく妖邪をぎりぎりでかわした征士だったが、よけるために動かした右足は地面の上に無かった。

そのまま。征士の下半身が崖の下に消え――赤く染まった彼の左手だけが、辛うじて崖の淵を掴んでいる。

「征士!!!」

ずるりと落ちそうになる征士の左手をしっかりと握り、更にその手首をもう一方の手で掴んだ。

間に合った。

後は引き上げるだけだ、と当麻の表情が弛む。

「今、引き上げる」と告げて、征士の顔を覗き込むと。見上げてきた征士の紫眼は、緊張を孕んでいた。

何故か。
当麻の手から己の手を振り払うように反動をつける動きを見せる。
その突然の動きと勢いを、当麻は支えきれない。
しっかりと握ったはずの手の感触が、危うい。

征士はその反動を使い、右手に握ったままだった光輪剣を当麻の背後に向けて投げ放つ。

当麻は自分の後ろで、何者かが倒れる音を聞いた。

掴んでいた征士の手が、滑り落ち、消えていく…。

全てが一瞬のことだった―――。


***


「征士!!!!!」


当麻は跳ね起き、己の声で覚醒する。

夢を見ていた。
夢ではない、夢。
昔の夢。

はぁはぁと息を震えながらに吐き出し、あれは昔のことだと自分に言い聞かせる。

あれから五年以上経つというのに、稀に夢を見る。

指先から彼の重みが無くなり、落ちて小さくなっていく姿。
心臓の皮に亀裂が入り引き裂かれるような痛みと、絶望の闇に落ちていく感覚。
何も考えられなくなり、悲鳴だけが口からほとばしった。


あの後すぐに迂回して下におり、倒れている征士を見つけるまでに時間はかからなかった。
傷と血にまみれ気を失っていたが、かろうじて息はしていた。
高さのある崖だったが、その下は枯れ朽ちようとしている背の低い木々が生えており、クッションの役割をしてくれたのが幸いしたのだろう…。
だが、今思い出しても。
あの、手から零れ逝く感覚と離してしまった瞬間の恐怖は、言いようがない――。

静寂の闇の中に響く鼓動を収めるべく、当麻は右に視線を移す。
視線の先には眠っている征士がいる。
額から頬へと散る金糸の下にある紫の瞳は閉じられたまま。
だが、あの時とは違う。
怪我もしていないし、朝になれば目が覚めるのだ。
ちょっと激しい運動をしてしまって、今は疲れて眠っているだけ…。

当麻は征士の左手をシーツの下から見つけ出し、大事なものを包むようにそっと両手で握る。

「もう離さない」

あんな思いなど、二度としたくない。

戦いが終わってからすぐに自分の想いを伝え、ずっと傍にいると誓った。
こんな関係になるまでは色々あったけれど。あれ以上の後悔などしないで済むようにと、願い暮らしている。

「どうした?」

握った手に口づけていると、寝惚けて滑舌のゆるい甘い声が、耳に届く。

「起こしちまった?こうして寝てもいいだろう」

「好きにしろ。お前はいつも好きにするであろぅ…」

大事ないと知った征士は、そう言ってまた眠ってしまう。

その無防備な気を許されている様を嬉しく思いながら。
好き勝手にしていいとお墨付きをもらった当麻は、手を繋いだまま征士の身体を抱きしめる。
すると大丈夫だというように暖かい光に包まれた。


優しい光に胸の奥が落ちつく…。


この安堵できる幸せを十分に噛みしめ。


当麻も眠りに落ちていくのだった。



(了)





201701のインテで無配させていただいた『手をつなぎつむぎながら歩むj人生(みち)』より

えっちなしで仲良しの二人というりくをいただき書かせてもらったものです^^
ずっと手をつないでいて欲しいなぁーww

征士さんお誕生月おめでとうございます!
いよいよ6月がスタートです^^ノ



2018.06.01

kazemiya kaori



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