Gold-leafed folding screen
通された部屋を見て、征士は目を丸くした。
建物の外観は、伊達本家を一回り狭くしたような純和風の趣。
一見しても料亭とは思えないほどにひっそりとしていた。
小さく上品な表札に書かれている文字が予約した店の名前と同じなので、わかったぐらいだ。
麻布の細い裏道を歩き、やっとたどり着い先。
特別な友人の誕生祝いなので、魚が旨くて煩くない店を紹介して欲しいと人に頼んだ。
相場よりも高額であったが、料理とサービスへの自負だろうと予約した場所だ。
門扉から玄関までの植え込みもきっちりと手入れされていたし。
飴色のかまちも歳月を感じさせる風合いで良かった。
玄関では、音もなく女将が現れ。
名前を告げる前に「伊達様、お待ちしておりました」と部屋へと導かれる。
畳み廊下を大分長く歩き、奥まった部屋の前で。
膝を落とし、障子を開けられた。
部屋の真正面には、輝く………金屏風。
派手、だな。
描かれている絵は季節感のある紅葉で、品の無いものではなかった。
だが、そのインパクトに征士は一瞬とまどった。
見合いや結納など、寿ぎに似あう演出。
――― 真逆の展開となるというのに………。
女将の手前、顔には動揺を出さないまま。
征士は部屋に入り、下座に座り主役を待った。
今日の主賓は、羽柴当麻。その男の誕生日なのだ。
毎年10月10日が近くなると、当麻自身から『飯でも食おう』と連絡がある。
今年は、征士から連絡をした。
自分から『食事をしよう』と電話をしたのは、実は……初めてだった。
何故なら、いよいよ当麻も30歳を迎える。
いい加減に、はっきりさせた方がお互いの為だろうと、思ったのだ。
奇妙な関係が7、8年も続いている。
以前、大学に在籍していた時は恋人同士だった。
だが社会人になってからすぐに、当麻から別れを切り出されたのだ。
恋人関係の解消を言われた時、寂しいような気持ちより。
なんとなくいつかは来るだろうと思っていた…。
その時が来たのか、と納得したのだ。
あっさりとした、ものだった。
元恋人でかつての仲間。
結果。特別な友人であるになった、はずだった。
それなのに、征士にとってやはり当麻は理解の範疇外で。
恋愛関係が無くなったにも関わらず。
ふらりと現れては―――性交渉を要求される。
毎回譲歩するのは征士で、身体だけの関係がずっと続いている。
もちろん、平穏な再会ばかりではない。
深夜12時近くに嵐のように、押しかけてきた時も無理矢理上がり込んだ事もあったし。
女性といた征士の前に現れ、ぶち壊した上で、強引にベッドに引き摺り込まれた時もあった。
酷いヤツだと思ったが、元々自分の都合を押し付けるきらいがあるのを知っていたので。
しかも、思うようにするまで諦めない性格だとも分かっていたから。
不承不承でも、流されてしまっていた。
抱き取られた時に感じる、異国の匂い。
何も聞かないが、当麻は海外での生活を送っているらしい。
わざわざ帰国したのだと思うと、心底憎めるはずもなく。
また、4月8日と6月9日と10月10日に必ず訪ねてくるロマンチストを嫌いにもなれなかったのだ。
それでも。
そんな風に遊んでいられるのは、せいぜい20代までではないか。
今のままの状態を、ずっと続けるのは不自然だと思う気持ちが強くなったのだ。
誕生日にいい話では無いかも知れないが。
記念日以外に、姿を表さないのだから致し方がない。
そんな事を考えていると。
女将に案内されて当麻が現れ、「お待たせ」と上座に座った。
※※※※※※※※
食事をしながらこの話をするのは、不味くなる気がして。
征士が口を開いたのは、水菓子が運ばれて来てからだった。
お茶で、軽く回った酔いを覚ましてから。
今後の話を切り出そうと、タイミングを伺って。
『ああ、旨かった』と、当麻が言葉を出したタイミングを拾って。
征士は、切り出した。
「当麻。もう二度と連絡しないし、してくるな」
「は?人の誕生日になに言ってんだ?」
上機嫌だった表情が、一瞬で曇る。
それでも、続けない訳にはいかない。
「これからの話だ。お前の希望通りに旨い魚をご馳走しただろう、誕生祝いは終わった」
「まだ、終わってない」
何が終わっていないのか、征士は分かってしまった……。
今までであれば、必ず肌を合わせていたのだから。
「もう、セックスはなしだ」
「この部屋で、そりゃないだろ」
――― この部屋……?
怒りを孕んだ声で、当麻が立ち上がる。
希望に添わない自分に、何をするのか。
征士が身構えると。
当麻は自分の背後にある襖に近づき。
腹立たしさをぶつけるように扉を両手で乱暴に開け放った。
襖の内側には、もう一部屋あった。
薄暗い中に、緋色の布団が一組敷かれている。
その奥には、金屏風。
ただし、こちらの絵は艶かしい筆運びで桃が描かれている。
征士にも、何のための部屋かわかった。
頭の片隅で――。
そう言えばやけに値段が張ったのは、こういう事かと納得した。
「こんな処に呼び出しといて、寝惚けたこと言ってんなよ」
征士が知らなかったこの店の仕組みを、当麻が理解して来ていたのなら。
誤解されても、仕方がない。
そう言えば。
食事中、やたらとにまにましていたのは、この所為か。
よほど魚が口にあったのかと、思っていた………。
「しらなかった……のだ」
と。いい訳めいた事実を告げても。
誤解させて悪かったと思うし、憎からず想う相手だ。
付き合うしかないだろう、最後に。
だから。
『喜び勇んできちゃった俺に、何にも無しで帰れとか言うなよ』
と、半笑いで近付いてきた当麻に腕を引っ張られた時。
『最後だからな』
と、自ら立ち上がり、抵抗などせずに引かれるまま、征士は歩みを進めた。
布団に投げるように、押し倒され。
着ている服を、剥がされる。
「最後じゃない」
宣言するように言い放ち。
確約の印を、白い肌の上に残していく。
うなじにも、首筋にも、喉仏にも。
シャツで隠す事など気にせず。
何処其処かまわず刻印を焼きつけるのは、所有の証。
「………っ………閉めろ」
当麻から与えられるぞわりとなる波に、流されそうになりながらも。
大きく開かれた襖に、征士は声を出さすにいられなかった。
このままでは、廊下から障子を開けられれば、丸見えになってしまう。
「こんな処は、呼ぶまで誰も来やしないさ」
どんどんと触れられる場所が増えて。
身体が覚えている快感を思い出していく。
征士の願いは聞き入れないままに。
愛撫は続行された―――。
※※※※※※※※
酒を飲んでいる時に、腹立たしい事があると。
怒りのあまりに酔いが冷めるタイプと自暴自棄になるタイプがある。
今の当麻は、どちらなのだろうか?
「……ん…ぁぁ……」
乱暴にするのかと思えば。
掠られただけで身体が跳ねるような、敏感な胸を爪の先だけで触れてくる。
散々にねぶられた場所への、異なる刺激に。
じわりじわりと疼きが広がり、脚が震える。
緋色の上では、殊更に艶めかしく視えているのだろう。
当麻の口元が、愉悦に上がっている。
「お前からこんな処に誘うなんて。
期待して当然だろ? 赦してくれたのかってさぁ」
内腿に手を這わせながら、つけ根まで辿りつき。
奥をさすり、これからの行為を前触れしてから。
慣らすために、濡らした指を挿し抜きする。
何度も。何度も。
征士の粘膜が誘うまで、続けられる。
「………んっ……はぁ………なんの…話…?」
征士には、何の事か分からない。
いつもの事だ。
賢いと云われる頭の中で、考えて、結論を出して。
実行する―――または、思い込む。
厄介なヤツだと思いながら。
何の事だろうと、考えようとする。
でも、腰の奥が、無意識に蠢いて。
思考がまとまらない。
――― 別れた時のこと? その後に続く我儘?
脚を持ち上げられると。
薄明りでできた影が、金屏風に映り込み。
ゆっくりと重なっていく。
「んあああああ」
指とは比べ物にならない圧迫が。
征士の中を支配していく。
「お前さ、全然分かってない。もう、赦してくれなくてもいいよ」
――― 赦すも……赦さないも…ない……
「……っ………ぁっ………」
意味のある言葉は、音にならず。
当麻の浸食が納まるまで、浅く息を吐きながら。
目を瞑って耐えるように―――快感を受け入れる。
「逃げようとすんなら、もう時間切れ。お前は一生俺のもんだ」
最奥までつながると。
背を屈めて、征士に口づけしながら。
勝手な言い様を、続ける。
「誕生日プレゼントに貰うから」
激しく突かれて。
首が縦に揺れてしまうのを。
きっと、当麻は『是』の意味と取るに違いない。
「………ぁぁ……っ………んあ…………」
薄れていく意識の中に浮かんだのは。
今までのように。
中途半端な関係でなくなるのならば。
いいのではないか、だった。
「っ…………と……ま…………」
そんな風に想ってしまう相手なのだと。
今更ながらに自覚して。
特別な存在の名前を口にする。
最後の瞬間を迎えるまで。
途切れ途切れに。
掠れながらも。
続いたのだった。
END
また、ヤったまま終わってる〜〜〜www (通常営業です!)
しかも、よく分からない話になっちゃった。すみません。
今回のお題は『金曜日』『誕生日』『金屏風』『プロポーズ』『エゴイスト』でした!
今、大好きな歌の歌詞です(笑)
そんな訳で 『お誕生日!おめでとうございます!羽柴様!』
2013.10.29
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