Cape jasmine



日付が変わってから、書斎を出る。
ここ2週間ほど、そうしていた。
自室に戻るのは、征士が確実に眠っている時間になってから。


彼が起きている部屋に、不用意に
特に眠る前にいるのは避けていた。
片思いの相手なんだから、傍にいたいと思うし、話もしたい。


でも。
夜にふたりきりってのは、ダメだ。
触れてみたい欲求が、ひたひたとせり上がってきて。
危険水位を越えそうだったからだ。


だから。
書斎に逃げ込んで、心臓が危険時間をやり過ごす。
征士が眠ってしまうのを待つ。




その作戦は、一昨日まで成功していたのだ。




それなのに。




昨晩。


ふと。


寝顔を見てしまったのだ。




死んだように動かない整った横顔。

心配になって――近づいたのがいけなかった。




月の出ていない暗闇。
音もなく規則正しく上下する胸郭。
無防備な四肢。
微かな星明かりが生んだ陰影。
躯から漂いあがる色香。



怖いほど澄んだ紫硝子は、瞼の奥に隠れてて。

すぐには罰せられないと知ると。

箍(たが)が弛み。

理性の器から、欲情がどぷりと溢れた。




腰を屈めて。

金糸の休む枕の両端に手を置いて。

顔を寄せる。




触れた唇の薄い表皮は、乾いていて柔らかかった。




マズイよな。
マズイだろ。
マズイって。




同じ言葉だけが、ぐるぐると目の前を舞った。



離れたのは。
数秒後なのか。
数十秒後なのか。



幸いにも。
征士は目を覚まさず。
バレずに、済んだ。









だからといって。
今夜も気がつかないとは限らない。




―― 寝顔は見ない

そう決めてから、息を吐いてドアを開けた。




雨の音が聞こえる部屋は。
明かりがなく、廊下より暗い。
ほぼ見えない暗闇。



利かない視覚の代わりか、嗅覚が働いた。



甘い香り。



     



庭に咲いている白い花の濃匂がまとわりついた。



――征士が…生けた?



戦いの最中ではあり得なかった日常の余裕。

意外な一面を知り。

ふと笑みがこぼれた。




その時。




「当麻」




眠っている筈の人物の声。




「……まだ寝てなかったのか?」




書斎に戻ろうか。
それでは不自然過ぎるか。


判断しかね立ったままの当麻に、影が近づいて来る。
スムーズな足の運びは、この暗さに慣れているのだろう。


人には、パーソナルスペースというものがある。
だから、征士は自分の近くで、その歩みを止めると思っていた。


なのに。


止まる気配がない。





「?」




まさか。
昨日事がバレていて、殴られるのか?


背中がひやりとした瞬間。




唇に何かが触れた。




――ナニカジャナイ コレハ セイジノ ユビ…?




「え?」




短い声は。



次に触れてきた唇に。




塞がれて。




消えた。







「避けられていると…嫌われていると思っていた」



離れた柔らかい紅唇が、囁くと。
吐息が口元をかすめる。



「違う………むしろ、逆……」



酷く焦った上擦った声だった。



それが、恥ずかしくて。
正面にある征士の身体を抱きとめてから、唇を押し付ける。



自分に都合のいい夢だと、思いたくなくて。
確かめるように、何度も花弁のような上唇をついばむ。
緩み開いてくると、舌でもっと開けるよう促す。
その先にある、蜜よりも濃い液を求める。


「ん」


熱を帯びる息が、どちらともなく洩れでて。
吸い込む空気は、梔子の香りで一層に甘かった。







梔子ーーくちなしーー


征士は、秘め事だと言わんがために生けたのだろうか?


「幸せ」を意味する花言葉を、征士が知っているとは思えない。





どちらの意味でも、いい。


意味がなくても、いい。




ただ、今は。


暗闇の中で。


この僥倖を貪るだけ―――。









END





似たようなお話を書いたような気もしますし。
他の方が書かれているとも思われますが。

やっぱり、書きたくて書いちゃうんだ!



お誕生日おめでとー 征士さん^^ノ

2015.06.09の10日後のお祝い更新w


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