当麻のくれた猫 




「餌やり、忘れんなよ」

右手をひらひらと振りながら、彼が旅立ったのはつい昨日のことだ。

笑いながら手荷物検査用のゲートに入っていった。
ほんの二、三日出張にでも行くような振舞いだったが。
実は帰るまで短くて五、六年、下手をすれば帰ってこないかもしれないという。

優秀な彼のことだから、さっさと終わらせて帰ってくるとは思っているのだが…。

離れる期間の長さを鬱憤は、たっぷりとその体で晴らさせてもらった。
そのせいか、ゲートから先に進み小さくなっていく当麻の後姿は腰のあたりが重そうだった。  


   



出発の一か月前。
日本には帰ってこないかもしれないという当麻は、私との関係を一旦解消したいと言い出した。
当麻の望むことならば叶えてやりたいから日本に引き留めるつもりはなかったが。
これだけは受け入れられない相談だった。

「お前の言いそうなことだ」

他人の負担になることを嫌がり、自分の執着や過渡の期待を裏切られたときのリスクを考えての、先手を打つような発言。
私が裏切り当麻に悲しい想いをさせるなどありえないのに。

「望むなら建前だけそう言うことにしておくが…」  

続きは言わなくても、分かっているだろう。
「建前かよ…」と呟いたがそれ以上当麻は言わなかったので、この話は穏便にこれで終わった。





そして出発の前日になって。
突然、当麻が猫を連れてきたのだ。
初めて生き物を飼う――正確には飼わされるので、色々と調べた上で必要なものを用意しなければならなくなり。
しんみりとする時間はなくなってしまった。
だが、しっとりと触れ合う最後の時間はなんとか確保した。

熱が去っても明日の別れを思い寝つけない私は、半分夢の国に入り込んでいる当麻に尋ねる。

「猫の名前はなんというのだ」

当麻はずっと『猫』『猫』と呼んでいた。
むにゃむにゃとした口調で「それが名前なんだってば」と言って意識を手放してしまった。
どうやら、名前はまだないわけではなく『ネコ』が名前らしい。


見送りから帰ってきて、さっそく『ネコ』に餌を与えると。
子猫のくせに当然という態度で食べ始めた。
なんでも研究所の裏手側の植え込みに迷い込んできたところをたまたま休憩中に見つけ、時々餌をやっていたらしい。
『懐かれたから餌をやってんじゃなくて、餌をもらってやるって態度が気に入ったから』
と面倒を見始めた理由を言っていたが、確かに人に媚びるという態度を取らない。
拾い主に似ていると思う。
類が類を呼んだのだろうか。
だから私は猫にあだ名をつけたートウマと。  


そしてトウマとの生活が始まった。
ブラッシングをしようものなら、私の手は傷だらけになる。
人間の当麻なら、髪をとかしても傷などつかないし、(ブラッシングではないが)滑らかな肌を撫でても背中を丸め爪を立てて怒ることはなかった。
ベッドの中で爪を立てることがあっても…。
しかもこのトウマは手がかかる。
一泊だからと出張で家を空ければ、部屋の中は荒れ放題で定位置という言葉が夜泣きするほどにモノが散乱していた。
当麻であればここまでするのに一週間はかかるだろうに。

当麻とトウマ。

猫と比べるものどうかと思うが、そうすることで当麻をより鮮明に思い出す。
猫と同じ、青い瞳の愛しい人。
彼は、地球半周も離れた遠い遠い場所でどうしているのだろうか。
淋しく鳴いていないだろうか。
誰かに優しくなぐさめられていないだろうか。

心配になり、時差を気にしつつも何度も国際電話をかけたが、大抵は留守番電話だった。
奇跡的に通じた時は『さっき寝たとこなんだ』と不機嫌極まった声が聞こえてきて『悪い。また今度な』と切れた。
その今度は何時なのか、聞くことも出来ぬまま、呆然としながら受話器を置いたのだった。

電話がダメとなれば、手紙かメールだろうか。
住所を教えられていないのだから、メールを送るしかない。
夜に長々と思いの丈を綴った文章は、朝読むとかなり自分でも危ないと思った内容だったので、長文の禁止を自分に誓った。
短く、トウマの写真をと近況を一言添えることにする。
『最近はマグロの 缶詰に飽きたのか、ブリを好んで食べている』とか。
本当は…異国の地で当麻が何を食べ、何を好きになったか聞きたかった。
だが、返信を待つのも辛いので―というか、返信がなくてもこれからも一方的にメールをするに違いないので、尋ねる言葉は書かない。
事実、当麻からの返信はなく、嬉しくない予感は当たっている。
たった一度だけ返信があったのは『猫に避妊手術をした。雌だった』という内容のときで。
『雌だったんだ。知らなかった』と書かれていた。
雄だと思い込んでいたので驚いたのだが、当麻も同じだったらしい。  



子猫はあっという間に成猫となり、当麻と暮らしていた私の家になじんでいった。
そして私は変化の少ない生活をおくっている。
早く当麻が帰ってこないかと思いながら、もうすぐ五年。

そろそろ帰ってきていいのではないだろうか。
当麻が帰ってきたら尋ねるのだ。「なぜ猫を置いていったのか」と。
猫が心配だったのか、気まぐれな彼の行動に特に意味はないのだろうか。
もし私が淋しくないようにとか、自分のことを忘れないようにとかであればいいのに。


そう思いながら。

早く。

早く帰ってきて欲しいと願っている。




END




当麻さんのお誕生日用にかいていたお話。(全然誕生日じゃないけど☆)
猫預けていなくなる当麻さんとその猫と言われるがままに暮らしている征士さん。(萌)

最近、待っている征士さんを書くことが多いなぁ^^
しかも征士さん話を、当麻スキー様方にこの話をお渡ししたっていう(笑)

ええ、マイペースで頑張ります。
お付き合いくださりありがとうございます!!!

2017.12.08



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