地球鳥籠計画





海外を活躍の拠点としている羽柴当麻が、久しぶりに日本へと帰って来た。
世界各国の最先端の研究所が『是非うちに来て欲しい』と請われる研究者は忙しく、実に半年ぶりだ。

その彼の帰る場所は、都内の高級マンション。
ほとんど日本にいないのだから、自分の家ではない。
しかし、指紋認証で認められ、エントランスに入ればバトラーが【お帰りなさいませ】と迎え出るのだから、自分の家のようなものだ。
実際、そのマンションの持ち主である伊達征士という男とは、家族みたいなものだから。

エレベーターが止まった最上階は、当麻か征士の指先が回数表示のパネルに触れなければ行けない仕組みになっている。
扉が左右に開くと、広いスペースにソファが置かれており、その奥にプライベートルームへと続く玄関扉がある。
当麻が、その扉を開けると中は暗かった。

「せっかく帰ってきたのに、留守かよ」

恋人である征士の気配はなかった。
前もって帰国を知らせなかった自分も自分だが、成田に着いた時には連絡をいれた。
そして、早く顔を見たくて、途中で買い物もせずに帰って来たのだ。
征士も当然同じだろうと思っていたのに、この空振り。

「腹減った」

むかつく要因を一つでも減らそうと、言葉に出して、冷蔵庫の中を見ようとキッチンへ向かう。
するとインターホンが鳴って、バトラーから『ピザのデリバリーが届いたので今からお持ちします』と告げられる。
征士が手配したのだろう。
タイミングは絶妙で、もちろんピザのトッピングも当麻の好み。
長年のパートナーだから、分かっている采配だ。
それはそれで嬉しいが。
それほどまでに、自分のことを理解しているのなら。すぐに飛んででも帰って来い!と、ピザに噛みつく。

――忙しいのは分かるけど、早く帰って来い!

今回は一週間もいられないし、明後日からは打ち合わせが詰まっている。
ゆっくりできるのは、明日までなのだ。

それなのに。
平日だからか征士の帰宅は遅く、深夜一時をまわっても玄関は開かない。
疲れている当麻は、いつの間にか、扉が空いたのを知らないままに眠ってしまった。

眠ったのは征士の寝室の大きいベッドのど真ん中で。帰ってこないヤツへのせめてもの抵抗だ。
久しぶりの日本の、征士の香りに包まれて、安心して深い眠りについた。

が。
しばらくすると。
身体の上に重みを感じて、目を覚ます。


「せーじ?」

「お帰り、当麻」

「お前、おせーよ」

「よく目が覚めたな」

「時差のおかげだろ…ん……」

暗闇で。
石鹸とミントの香りのするキスが降ってきて、確かめるように、征士の指が全身を這いまわる。
そして、剥き出しにされた肌を重ねて、開いていた時間と距離を埋めるために、自分達の全てを与えあう。
暗さで見えていなくても、不自由など無いほどにお互いをよく知っている。
寝惚けたままでの行為は、浮遊感があって悪くない。
啼かされながらにそんなことを思って。
当麻は再び失神したままに眠りについたのだった。




翌朝。
疲れ果てた当麻がやっと目を覚ますと、すでに征士の姿はなかった。

――仕事かよ!

昨夜は暗闇で、顔もまともに見られなかった。

――やることはやったけど、顔を見たいとか、ちゃんと話をしたいとか思うだろ?

きっと、征士は朝日の中でぐーぐー眠っている自分の顔を見たんだろう。
それで満足してるんだろう。そこまで分かってはいるけれど、イラつく気持ちは消えはしないのだ。

――本当にマイペースなヤツ!



そして、今日こそは早く帰って来いとメールをしておく。

なのに、征士の帰宅は十二時をまわっていた。
確かに昨日よりは早いが…。
ゆっくりできる大切な最後の一日を放っておかれて、当麻の不満は最大値まで引き上がっている。

「お前、忙し過ぎじゃないか?せっかく帰ってきているんだから都合つけろよ。俺より仕事が大事だっていうのか?」

征士を置いて海外を拠点にして活動している自分のことは大きな棚に挙げて、言いきる。
かまってもらえない女みたいな台詞だけど気にしない。
長い付き合いだからといって、蔑ろにされているとは思いたくない。この関係が大切だと思うからこそ怒りをぶつけるのだ。

「そんなことがある訳がないであろう。お前が大事だからこそ」

「俺が関係してんのか?お前の仕事に?」

生計は別だし、当麻は征士に養ってもらっている訳ではない。
そして、征士は貿易会社を経営していて、当麻は研究職だ。
全くもって、接点がない。

「おかしいだろ」

当麻の怜悧な頭の中は、有り得ないいい訳を聞かされた不信感で一杯だ。

それを感じ取った征士が「実は…」と理由を話し始めた。

「昨今の世界情勢が不安定だから、お前の行く国々に情報網を作っているのだ」

征士曰く、その国で不測の事態があった時に、素早く対応し当麻を安全に保護してくれるような実力者とのコネクション作りに精を出していると。
仕事を通じて知り合った相手やその人を仲介として人脈を広げているらしい。
通常の仕事に加えてのことである上に、時差も関係しているので時間を調整しきれなかったのだ。

「すまなかった」

理由を聞けば、素直に詫びられれば、沸騰した怒りの温度も徐々に下がってくる。

「お前の行動に、制限をつけられないであろう」

興味のあること、やりたいことに歯止めが聞かないことを征士は熟知していたし。
当麻の夢や希望を邪魔するつもりは全くないのだ。
ただ待っていることしか出来ない征士だが、離れていても当麻の安全に心を配ばり、万が一の時のために備えているのだった。

「だから、情報網を広げてるって訳か?」

「そうだ。現在協力を仰いでいる中東の王族とうまくいけば、ほぼ全てをカバーできるはずだ」

そんなことは可能だろうか?

訝しんでみるものの、征士が誇大妄想を言うはずもない。
だから、事実なんだろうと当麻は思うことにする。
全てといっても全世界ではなく、自分の行く可能性のある国だけだろうし…。

納得すると、心配性だなぁと笑いが込み上げてきた。
まさか、征士がそんなことを考えているとは予想もしていなかったが。

離れていても、自分のことを考えていてくれる。

それだけ想われていると分かれば、当麻にはなんの不満も、

不安もない。自分は、征士の作った安全な大きな籠の中で、

自由に飛びまわっていていいのだ。そんな愛され方もいい。


「頼むから、宇宙に行くとは言わないでくれ」


真剣な表情で、そう言う征士に。
昨日今日と待たされた分の辛身を込めて。
当麻はにやりと笑った。



「俺のためなら、当然、宇宙人とも交渉するだろ?」




END




素敵な征当鳥籠柄のハンカチを頂い時に浮かんだお話をそのまま書かせて頂きました!
a様ありがとうございますw
スパダリみたいな征士さんは久しぶりですw楽しかったぁぁ!
お話をお読み頂きありがとうございました☆


2016.02.09


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