分かってる
俺と征士の暮らしている部屋は、暖かい。
あらためて思い知らされたのは。
コートを着ないまま、がんがんに暖房の効いた所から飛び出したからだ。
マンションのエントランスから出て、どこへ行こうかと考えた瞬間。
真冬の強風に煽られて、体温が失われていく。
上はロングTシャツにパーカー、下はジャージという全くの部屋着。
人は恒温動物のはずだ、と分かっていても。
指先首筋から冷えが容赦なく入り込み、変温動物になっていくようだ。
このままじゃ、やばい。
暖かい場所に行かなくては、氷点下に近い外気に耐えられない。
だけど勢いのままに飛びだしたから、当然財布もない。
まさしく、着の身着のままなのだ。
となれば、行く先はただ一つ――駅前のコンビニ。
探しに来るだろう征士と北風に追い付かれないために。
駅までの夜道を小走りで急いだ。
けんかの原因は、なんてことはない。
いつもの感じ、だ。
ただ、似たようなことが原因でも。
『いいけんか』と『悪いけんか』がある。
いいけんかは、ぶつかり合ってもちゃんと仲直りできることで。
悪いけんかは、ボタンの掛け違いが続くようにずれていって。
上手く元に戻れない。
たぶん、今の状態は、後者なんだろう。
言い合いになって。
互いに譲らなくて。
険悪な表情と雰囲気と。
腹の底に、理解し合えない悲しみを包んだ怒りが熱く溜まっていって。
いくら言っても納得しない顔の征士にムカついて。
そこまでは、今までにだって、よくあった。
けど。
何故か言葉だけでは止まらず、手が出た。
殴りかかると。
それをあっさりと受け止められ、俺の拳は征士に届かなかった。
殴れなかったために、行き場を失った憤り―――。
腹の中に湧き溜まる黒い雲は、更に増し。出口を求め。
折っても構わないと思う渾身の力で、征士の脛を何度も蹴りまくった。
流石の征士も痛かったのだろう。
掴まれていた手を離したのだから。
その隙に。
勢いのまま家を飛び出し―――現在に至る。
コンビニの明るすぎる照明は、深夜12時を回っても変わらない。
その明るさは白々しいのに、暖かいと言うだけで一息つける。
店内に客はいるが、すぐに必要なものを買ってさっさと帰っていく時間帯。
意味もなく雑誌のコーナーに立っている自分は、浮いた感じがする。
さて、どうするか。
ずっとこのまま、コンビニにいる訳にも行かない。
かと言って、すぐに帰る気にもなれない。
買うあても(買えるあてもない)雑誌をぼんやりと眺めながら。
悩んでいると。
視界の端に映るガラス窓に。
金色の影が過った、気がした。
追ってきたのだろう。
自動ドアが開いて、来店の機会音が鳴って。
近づいてくる影を感じる。
顔は雑誌に向けたまま、気配を感じ取るアンテナだけを張り巡らせる。
微妙に足音が不規則なのは、左足だけ痛みがあるからだろう。
「当麻……そんな恰好では寒いであろう」
名前を呼ばれ。
やっと気づいたかのように、ゆっくりと声の方に顔を向けると。
差し出されているダウンジャケットが、まず見えた。
そして。
俺のダウンを掴んでいる右手は、白いシャツから出ている。
つまり。
征士も俺同様に――薄いYシャツ一枚のまま。
帰宅して着替えもしないままの薄着で。
自分だって『そんな恰好』だ。
知ってか、知らずか。
真顔で言ってくるから、可笑しくて仕方がない。
とぼけた、俺の相方。
俺のことだけ考えて、心配して、飛びだして来るようなヤツなんだ。
まだ、怒りはあるけれど。
それとは違う次元で、愛おしいと思ってしまう。
しょーがねぇなぁ、と思ってしまう。
だって。
分かってる。
征士が、何より大事にしてるのは俺で。
時に、征士自身よりも。
時に、なりふり構わずに。
「早く、袖をとおせ」
深夜で人目が少ないとはいえ。
煌々と照らされたコンビニの店内で、上着をかけられててしまう俺。
「お前さぁ……」
盲目的に。
または、一途に。
よかれと思って行われる行為は、他者の眼は気にならないのだ。
そして。
ここで、帰らないとなれば。
きっと、ずっと一緒にいるんだろう、な。
その後の展開まで分かってしまうのだから、困ったもんだ。
だから。
諦めて、言うしかない。
「家の鍵は持ってきてんだろうな」
俺は持ってきてないぞ。
分かってるだろうけど。
「もちろん。さぁ帰ろう」
ほっとした声で、答える征士。
これで、休戦。
またいつか、もしくはすぐに。
けんかをするかもしれないけれど。
今日は、征士の滑稽さに免じて、許してやることにする。
何も買わずに。
はた迷惑な、もしくは風変わりな男二人連れの客ーつまり俺たちは。
コンビニを立ち去り。
暖かい家へと、一緒に帰るのだった。
END
久々に書いた―www
テーマは、ちょっと抜けてるイケメン征士さん(笑
痴話げんかの原因は、チョコ関係です(きっと)
Happy Valentine!!!
2017.2.14 kazemiya kaori
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