他はいらない
夏の盛りを教えるように、ここ小田原でも蝉の求愛の声はうるさいほどに聞こえてくる。
だがもっと騒がしいのは、柳生邸のリビングだ。
昨年は受験で全員が集まれなかったが、「今年は五人そろった」と盛り上がっているのだ。
今日の話題は、付き合うならどんなタイプか。
最初は自分の好みをいうはずだったのに。
ピンときていない遼や口数の少ない征士のせいで。
いつの間にか、自分の好みをいうよりも『誰々はこんな性格だからこういった女性が合うはず』と言い募るようになっていた。
「当麻は、ほらあれだ、頭は良いけど世間の常識には疎いから、その辺をしっかりフォローしてくれるタイプがいいんじゃねぇかな」
「常識に疎いというよりも、気にしないからねぇ。そういう点で年上の人がいいだろうねぇ」
「あんまり常識とかに煩くても、付き合いきれないだろうけどな」
人を良く見ている秀が提案して、伸が別の角度から詳細を絞り込む。
それを、なるほどと遼が聞いていて、勝手に決めつけられていく。
伸、秀、遼に続いて当麻の相手が決めつけられたところで、次はずっと黙って聞いていた征士の番になり---事件は起きた。
「征士なら三歩後ろをついてくる感じのお淑やかな黒髪ロングストレートヘアってイメージだよなぁ。そんな彼女が欲しいだろ?」
そう秀に言われ。
「私には当麻がいるのだから、いらん」
征士は、普通にさらりと返す。
「マジか?」
「そうだったんだ」
「カミングアウトしちゃうんだ」
「てめえ、何言ってやがる!」
秀、遼、伸、当麻の声はほぼ同時で。
驚いた顔がふたつ。
呆れた顔がひとつ。
そして、名前が出た顔は真っ赤になり、怒りを滲ませていた。
「本当の自分の気持ちを言って何が悪い。私は彼女とやらはいらん」
爆弾発言魔はそう言うとソファから立ち上がり。
熟れたトマトのようになっている当麻の腕を掴み。
リビングから出て行ったのだった。
自分の部屋に入ってから。
やっと、征士は当麻の腕を離す。
「お前、どういうつもりだよ!」
「あの場所に残しておいた方が良かったのか?」
「そういうことじゃねえよ!」
「落ち着け、当麻。本当のことだし、一度口に出してしまったものはもう戻らない」
「そうだけどさぁ!!!」
目の前で納得いかないと当麻は訴えてくるが。
それよりも、何よりも、征士のなかでは、最優先のことがあったのだった。
愛情に疎い当麻は、自分が餓えている自覚がない。
人の身体が同じ苦痛に対し耐久性が上がるように、心も不感症になるのだろうか。
両親からの愛情を上手く捉えられず、与えられなかったと失望し鈍化した感性は。
他者の愛情に対しても、同様なのだと思う。
本当は愛して欲しいと願っているのに、優秀すぎる頭が欲しくないと言い聞かせるのだ。
だから。
心の奥で小さくなっている当麻のために。
皆の目の前で。
おまえが特別で愛していると言葉と行動で示さなければならない。
伝わりやすい、あからさま過ぎるようなレベルで。
なんとなく通じるだろう、というスマートな方法では駄目なのだ。
「まさか自分が」と気づかないふりをしたり。
他人事のように無関係無関心を決め込むのだから。
何が、そこまで、彼を不信にさせるのかはわからない。
臆病なほどに、愛されたいという――その裏返しなのか。
もしも、あの場で。
黒髪のおとなしい女性像に対して。
当麻とのことを隠すために『ああ、そうかもな』とやんわりと流そうとすれば。
当麻がどう捉えるか何となくわかるのだ。
きっと、男性である自分は、想われる資格がないと割り切ろうとするだろう。
深入りしないように、傷つかないように予防線を引くであろう。
そんな必要はないのだと。
ハッキリと。
本当のことを。
当麻のために。
口にすることが必要だったのだ。
「急に皆に言って、驚かせてしまったのは謝る」
だから。
抱きしめて。
腕の中で暴れる当麻が大人しくなるまで。
キスを繰り返す。
「でも、本心を言ったのだ。当麻がいればいい。他は誰もいらない」
END(?)
本気当麻さんを思っているのに
なぜか本人には喜ばれないwww
一途な征士さんでした(笑
2017.8.3 kazemiya kaori
そしてそして。
その日の夜のお話w(当麻さんサイド)
↓
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風呂を終えて、重い足取りで当麻が部屋に戻ると。
征士は自分のベッドサイドで本を読んでいるのが目に入った。
「どうしたのだ」
浮かない顔を見て、心配してくれているのだろうけど。
でもその原因は、征士な訳で。
その原因に、心配されるなんて。
はぁぁぁぁとため息が当麻から漏れた。
「昼間さ…お前が俺たちの関係をみんなに言ったわけじゃん。
でさ、同じ部屋で寝るっていうのが、なんつーか……気まずい」
「?」
「ほら、だって、そういうことはここではしないけど。するのかなって思われたり、聞き耳たてられたりーーは、ないだろうけど…ないだろうけどな、もしかしてって想像すると……いたたまれないんだよ」
「?」
さっきから不思議そうな顔をしている征士に背を向けるようにして、当麻は自分のベッドの端に腰を下ろした。
当麻は思う。
きっと皆の前で告白できる神経を持つヤツは、こんなことは気にしないのだと。
考えすぎだとは、自分でもわかっている。
まさか隣室に伸たちがいるのに、征士が房事に及ぼうとするなんて。
そんな恐ろしい事態には、ならないだろうと。
だがしかし。
気にしない征士が、そんな気になったら困る。
だから部屋に戻る前、リビングで。
風呂の順番待ちをしていた遼に部屋を代わってほしいと言ったのだが。
「必要ないだろう?」と笑われた。
完全に冗談だと思われたらしい。
更には、キッチンにいた伸から、部屋に帰る自分に向けられた視線は。
新婚さんを迎えたホテルのドアマンのそれと同じだったように見えた。
『お幸せな、いい時間を(自分には関係ないけどね)』
万が一。
そういうことになって。物音や声なんか漏れたりしても。
気のせいかもしれないと思うだろうし、きっと誰も気になんてしてないだろう。
妖邪が現れて街を壊しまくったなんてことに比べれば、人も死なないし。
個人の自由だと、仲間たちは思ってくれるはず…。
でも。でも。でも。
「当麻、気にしすぎだ」
「じゃあそういうことにするから、こっち来るな」
「何故だ?私はお前のそばにいたいのに」
「我慢できなくなったら、困るだろうが!」
「誰が困るのだ」
「誰って…、お前が」
「私は我慢などせんぞ」
「いや、我慢しろよ。マジここじゃ止せって」
「大丈夫だ。皆大人なのだから、聞かなかったことにしてくれる。
私は、いつでも、どんな場所でも。
当麻を想っていると伝えたいし、体現したい。
悪いことではあるまい。」
それは、征士なりの(変わった、あるいは迷惑な)愛情表現。
悪意がないのは、分かり切っている。
彼にとっては、最重要で最優先なのだろうけれど。
「そーじゃーねー!!!」
当麻は叫ばずにいられなかった。
END
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最後までお付き合いありがとうございました^^
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